第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
番傘の日陰は、しっかり私に向けられたまま。
その手の温かさとその言葉の強さに、思わず口を噤んでしまった。
杏寿郎の言葉はいつも真っ直ぐだ。
真っ直ぐ過ぎて時には直視できないくらい。
強くて、優しい。
「…冨岡にも、頼まれたから、な」
反応のない私に、ほんの少しだけ杏寿郎にぎこちなさが宿る。
その表情は笑っているはずなのになんだか見ていたくなくて、慌てて頸を縦に振って咄嗟にお礼を伝えた。
「ありがとう。杏寿郎が傍にいてくれたら心強い」
「む。そう、か」
大きく頷けば、ぱっと杏寿郎の顔に明るさが戻る。
やっぱり、さっき垣間見せた笑顔には少し影があったように見えた。
うん…杏寿郎はこっちの笑顔の方がいいな。
義勇さんが遠征に出て早三日。
今日は以前話した岩柱邸への訪問を、杏寿郎が取り次いでくれた日だ。
「では行こうか。先はまだまだ長いぞ」
「うん」
悲鳴嶼行冥の岩柱邸は、特に離れた山奥にあるのだと聞いた。
だから夜も更けない早めの時間に出発したんだけど…これ、帰りも早めにした方がいいのかな。
そんなことを考えながら杏寿郎に手を引かれていると、やがて岩柱邸への片鱗は顔を見せた。
凸凹の山道。
切り立った断崖。
洪水のような川。
向かうだけで一苦労な難所の数々。
そういう幾多の道を通り過ぎて、日も暮れた時間帯にようやく杏寿郎が足を止めた場所。
「着いたぞ!」
「…此処?」
日々訓練を行っていたお陰で、ほんの少し息が上がった程度で済んだ。
それでも杏寿郎は息一つ乱さずピンピンしてたけど。
その見開いた杏寿郎の目線の先には、さっきと変わらない山中。
だけど此処が目的地だと言う。
「屋敷は、この林の奥を突き抜けた所にある!」
「ま、まだあるの…」
此処に来るまでにも色んな難所を通ったけど。
杏寿郎が稽古強化になるって言ってた意味がわかった…此処、辿り着くだけでも重労働だ。
「あとひと踏ん張りだ、頑張れ!」
「う、ん」
でも杏寿郎の強い励ましを貰えば、頑張ろうと思える。
こういう時ばかりは自分の鬼の体に感謝だな…あともう少し。
「──っ──」
ドドドドドド
「…え?」