第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
ひゅるりと肌寒い風が皮膚の上をなぞる。
分厚い雲に覆われた灰色の空を見上げて、つい肩を竦めた。
「どうした? 蛍少女」
「…ううん」
隣を歩いていた杏寿郎が伺うように見下ろしてくる。
温かなその猩々緋色を視界に捉えて、少しだけ安堵した。
それでも差した番傘の下からは、体を絶対にはみ出させない。
本来この時間帯はまだ檻の中にいる。
冬の終わりを告げた空は、この時間帯ならまだ太陽が顔を出しているからだ。
それでも外をこうして出歩くことができるのは、空全体を覆う分厚い雲のお陰だった。
鬼となって学んだこと。
太陽光は死に繋がるもの。
だからこそこうして光が差し込まない日であれば、例え日中であっても行動できる。
でもやっぱり不安は不安だ。
もうそろそろ夜が訪れるとしても、その前に太陽が顔を出さない保証はないから。
…例えここ数日ずっと曇り空が続いているとしても。
「そんなに臆することはない。この曇り空は週末まで続くそうだ」
「それ誰の助言?」
「あまね様だ」
あまねさんって…お館様の奥さん?
「知っての通り、お館様は目を不自由にしておられる。その為、僅かな泥濘(でいねい)でもあの御方にとっては障害となる。そういう壁を少しでも薄くする為に、あまね様はお館様の周りに常に気を配り注意を払っている。天候の読みもその一つ」
「天候が読めるなんて…凄い人なんだ…」
「そう難しいことでもないぞ。時透もそうだ。彼は霞の呼吸を極めし者。故に空気中の微弱な湿度の流れも感知することができる。あまね様に天候の読みを教えたのも、時透だと聞いている」
そうなんだ。
時透くんはどうしても私には冷たい雰囲気しか感じられないけど、お館様のことは心から慕っていたみたいだし。
あまねさんの力添えもしていたんだ…優しい少年、なのかな。
「念の為に確認した。時透も今日は太陽は隠れたままだと言っていた。だから安心するといい」
そう、私の安心できる強い笑顔を見せてくれる杏寿郎。
だけどその手が、私の握っていた番傘の柄を不意に取った。
「それでも不安なら…」
番傘を取られて空いた手に、そっと杏寿郎の手が重なる。
そのままやんわりと包み込むように握られた。
「いざという時は俺が盾となって守ろう」