第9章 柱たちと年末年始✔
「鬼子よ。お前と同じ鬼の頭を、私は夜通し殴り潰し続けたことがある。怒りで我を忘れて、結果守るべき者にまで恐怖を与えてしまった。…だから私は涙を流すのだ」
抑えた声で蛍にだけ届く声。
行冥のその言葉に、ふんすと荒げていた蛍の声が止まった。
(…じゃあそれって…私に同情してたというより、怒りを向けない為に?)
自分の何をも知らない癖に、と思っていた。
なのに同情してくれるなと。
(…同じだ)
何も知らなかったのは蛍も同じだった。
この男の生きてきた道も見てきた景色も何も知らない。
その涙を流す真意さえも。
「…ふ」
涙を拭っていた袖が離れる。
静々と頭を下げてくる蛍に、言葉は無くともようやく行冥にも理解できた。
そこにはもう否定はない。
「鬼は…子供と同じだ。すぐ嘘をつき、残酷なことを平気でする。我欲の塊だ」
「……」
「だから私は鬼を滅する」
ゆっくりと腕を地面へと下ろす行冥に、蛍の足が地に着く。
何も返せないでいる蛍の頭に、大きな手が触れた。
「しかし逆手に取れば、そうでなければ滅する理由はない」
「…ふ…?」
「ゆめゆめ忘れるな。己が鬼であることと…己が、子供ではないことを」
撫でる仕草とは少し違う。
微かに触れるだけの手が静かに離れる。
告げられた意味はよくわからなかった。
しかし初めて会った時のような、一方的な慈悲の押し付けはもうされなかった。
行冥の纏っている色は鉄黒色。
重厚感のある色が体の線を辿るように、僅かに皮膚の上を這っている。
誰も彼もが色を放っているのに対して、行冥の色は抑制された色だ。
(この色は…きっと、この人の人間性だ)
鬼殺隊でも右に出る者がいない力の持ち主。
剣士としての実力も随一なのだろう。
それでも強く主張しない彼の性格こそが、その表れだ。
二度目に感じたその色に不思議と怖さは感じなかった。
「あら。もうやめたんですか? 悲鳴嶼さん」
「やれば涙を拭かれる…」
「結構な力でやられてたもんなぁ」
「それはそうと…蛍ちゃん、黒板失くしちゃったの?」