第9章 柱たちと年末年始✔
「これなら周りにもよく見えないだろう」
「ふ…(周り、って…)」
身形を崩したまま公衆に出ることを躊躇しているとでも思われたのだろうか。
しかし義勇のその気遣いは、ある意味では的を得ていた。
深々と冷たい夜更け。
飾られた提灯で神社周辺は明るいが、それでもこれだけの広大な敷地だ。
口枷を隠してしまえば、遠目ならば蛍とはおいそれと気付かない。
(これなら童磨に見つからないかも…)
礼を伝える為に頭を下げて、今度は蛍が先に踏み出した。
童磨と出くわした拝殿前は避けるようにして人混みへと混じる。
すると神殿裏へと逃げ込んだ時はあんなにも進めなかった人の群れが、そうでないことに気付いた。
密集具合は変わらない。
しかし何故か人にはぶつからない。
「?」
その理由を見つける為に辺りを見渡す蛍の目が、一点で止まった。
其処にいたのは隣を歩く義勇だ。
襟巻を外し露出した顔周りで、いつもの無表情を見せている。
杏寿郎や天元のような派手な身形はしていないが、間近に来ればその眉目秀麗さに気付くのだろう。
近くを進む女達が、はっとした表情で義勇を見て足を止めるのだ。
だから人混みはぶつかってこない。
(な、なんと…)
鬼殺隊内にいた時は、義勇を知らぬ者などいなかった。
出会う女達も当然義勇のことを知っていたし、その顔立ちの良さをいちいち再確認などしなかった。
だからこそ周りの反応が蛍には衝撃で、同時に彼の顔面偏差値の高さを知る。
整っているとは思っていたが、ここまで公認のレベルだったとは。
(これが美丈夫の力…!?)
恐るべし。
「……」
「? なんだ」
「…ふく」
蛍の視線に気付いた義勇が問い掛ける。
その反応からして、周りの女達に頬を染められていることなど気付いていないのだろう。
なんでもないと頸を横に振ると、蛍は襟巻の中で溜息をついた。
(神様は一人の人間になんでも与え過ぎだと思う…)
剣士としての実力と、他人を惹き付ける容姿と、鬼である蛍をも受け入れる器。
これ以上何を与えれば気が済むのだと、思わず恨めしげに神殿を見つめた。
天は二物を与えず。
などという言葉は嘘だ。