第9章 柱たちと年末年始✔
──数十分前。
ばさりと義勇の腕から飛び立つ鴉。
草木の生い茂った神殿の裏側を飛び越え、向かう先は柱達の所。
「これで一先ず、皆も安心するだろう」
蛍の発見と安否を鎹鴉に伝言させた。
涙顔で心配していた蜜璃も、これで落ち着くはずだ。
「……」
義勇に呼びかけられ縁の下から出てきた蛍が無言で深々と頭を下げてくる。
いつもより下がっているように見える肩は、心配を掛けてしまったことへの謝罪の意なのだろうか。
そんな蛍の姿勢よりも、義勇が目を止めたのはその姿だった。
「何があった」
頭に付いた枯れ葉を取り除いてやっても、蜜璃の手で綺麗に編み込みされていた髪型は崩れたまま。
頸に掛けていたはずの黒板はなく、着物の裾や袖は汚れ、帯も曲がっている。
明らかに慌ててこの場へ隠れたのだろう。
それだけ切羽詰まった何かがあったのか。
「飢餓症状が出たのか」
問えば、頸を横に振られる。
しかし明白な答えは返ってこない。
口枷をしている為に、蛍が話せる状態でないことは承知している。
その答えを聞く為に口枷の紐へと義勇が手を伸ばせば、ぴくりと蛍の肩が小さく跳ねた。
一歩、後退る。
まるで触れられるのを拒否するかのように。
「…何があった」
再度問い掛ける。
何もなかった訳ではないだろう。
そう目で問えば、おずおずと緋色の瞳が地面へと下がった。
徐に膝を折り手袋を脱いで、鋭い爪で砂地に字を削り書いていく。
【少し 人ごみに酔っただけ】
本当にそうなのかと、再度問い掛けそうになった。
その言葉を呑み込んで、今一つ問う。
「伝言板はどうした」
「?」
「伝言用に使っていた黒板だ」
理解したように頷くと、再び蛍の手が字を書き足す。
【人ごみの中で失くした ごめんなさい】
謝罪を書き終えると、もう一度蛍の頭が下がる。
何より失くした蛍自身が落ち込んでいるような姿に、それ以上義勇も追求することはなかった。
「失くしたなら仕方ない。髪飾りも失くすくらいだ、余程人混みに揉まれたな」
「ふくっ?」
しかし何気ない義勇のその言葉に、今度は蛍の目が剥いた。