第9章 柱たちと年末年始✔
人の目を避けるようにして跳んだ足は神社を覆う木々の枝に器用に落ちる。
細い枝に足を着け、幹に手を置き、見下ろす視界は一気に開けた。
黒い波のような人混みを、金輪で囲んだ朱色の双眸が駆け抜ける。右に左に。
やがてその視線がぴたりと止まった。
特に目立つ姿でもなかったがすぐに捜し出せたのは杏寿郎の観察眼だけではない。
埋もれるような人混みの中にはいなかったからだ。
それは目的の人物ではなかったが、神社付近を捜しに出ていた義勇の姿だった。
辺りを捜索する動作は見せず淡々と前を向いて歩いているところ何か情報を見つけたのかもしれない。
合流して訊いてみようと前屈みに体を倒す。
「──!」
重力に従い落ちる前に、幹を強く握った手が動きを止めさせた。
大勢の初詣に参加する人々の中で、そこだけ道ができたように歩いている義勇の背後。顔を半ば隠すように襟巻を巻いていた誰かが、ぎこちなく後をついて歩いている。
その手は差し出した義勇の手を握っており、一心にその姿だけを見つめていた。
ぱっと見は顔を隠すような襟巻で誰かわからなかった。
しかし蜜璃と色違いの鮮やかな着物はすぐに杏寿郎に答えを導き出させた。
義勇に連れられて歩いていたのは蛍だった。
何かあったのか、よく見れば顔に巻かれた襟巻は義勇のものだ。
神社へと捜しに向かった義勇が一番に蛍を見つけ出した。ただそれだけのことだろう。
しかし二人の間で握られた手と、蛍の襟巻から覗く瞳が義勇を見つめる様に目が釘付けになる。
それは驚きよりも愕然とした感情に近かった。
蛍の手を握り歩む様が、目で追い縋る様が、まるでそれだけを求めているように見えて。
初詣に出向く前の皆が寝静まった藤の檻の中で、懸命に義勇に己の思いを伝えていた蛍の声を思い出してしまった。
『ぎゆうさんがしんでたら、わたしもしんでたから。わたしはぎゆうさんがいたから、いまここにいるの』
盗み聞くつもりはなかった。
ただ二人の気配で察した声を杏寿郎の耳は全て拾ってしまっていた。
一人の人間と鬼。
共に歩むその姿が、余りに自然とあるべき二人のように感じて。
「……」
杏寿郎は動くことができなかった。