第9章 柱たちと年末年始✔
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鳥居の影。
手水舎の横。
参道の茂み。
何処を捜しても見知った姿を見つけることができずに、自然と杏寿郎の足取りは速さを増していた。
(蛍少女が自分の意思で我らから離れるはずはない。それなりの事情があったはずだ)
例え彼女が鬼であり自分達がその頸を狩る剣士であっても、杏寿郎の思考に迷いはなかった。
迷う前に思い浮かぶのは、お世辞にも綺麗とは言えない狭い藤の檻の中で見渡すように天井を見上げていた蛍の姿だ。
そこが己の世界の全てだと蛍は知っていた。
知っていて尚受け入れ生きていこうとしていた。
あの時目が冴えるような心地になった彼女の横顔に嘘はない。
だからこそ心は震え、惹かれたのだ。
彩千代蛍という女性そのものに。
「やはり神社の方か…」
蜜璃が蛍とはぐれたのは参拝中のことだった。
ならばやはり神社付近である可能性は高い。
義勇が足を向けた為に別の道を捜しに選んだが、早急に思考を切り替え行動に移せる杏寿郎は既に体の向きを変えていた。
此処にいなければ他を捜すしかない。
何か理由があって姿が見えないのなら、簡単には見つからないはずだ。
もしまた飢餓が表れ自分の体を喰らっていたら。血塗れの姿をごった返す人前に晒せずに隠れているのかもしれない。
(可能性は低いが、何も知らない隊士が見つけ出せばまずい)
此処は鬼殺隊内部ではない。
何も知らない鬼殺隊士が己を喰らう蛍を見れば即座に斬りかかるだろう。
人を人として重んじる蛍が、もしその刃を止められなかったら。
そう考えただけで背筋に冷たいものが過り、向かう足は自然と小走りに変わっていた。
それでなくても血に塗れ一人不安を抱えて身を隠しているかもしれない。
見つけ出して救い拾い上げなければ。
人と同じに彼女は守るべき存在なのだから。
「…っ」
人の群を避けるようにして神社へと走る。
それがどうしても遠回りとなってしまい急かす心とは裏腹に体は進まない。
早急な性格はしびれを切らし、近くの茂みに入り込むと腰を落とし足裏にぐっと力を入れた。
た、っと飛躍した体は微かな足音のようなものを一度立てただけでその場から姿を消していた。