第9章 柱たちと年末年始✔
鬼にとって、この人混み自体が大量の餌だ。
いくら蛍が己の体を喰って飢餓症状を抑えているとしても、此処でその兆候が出てしまえば耐え切れる保証は低い。
(やはり急いで見つけないと…)
最悪、この場で蛍が他人を喰ってしまったなら。当然の如く彼女の処罰は決まってしまう。
それは義勇の頸を差し出しても止められないだろう。
(いや、その方法も使えない)
己の頸を差し出す案は、即座に脳内で打ち消す。
義勇の頸は既に炭治郎と禰豆子の為に賭けてある。
それを蛍の為に差し出すことはできない。
否、差し出す必要はないと思っていた。
だから鱗滝左近次に炭治郎と禰豆子の保証人として切腹の意を持ち掛けられても、返事一つで了承できた。
己の体は、まだ幼きあの兄妹の為に預けよう。
代わりにこの意志は、彩千代蛍の為に。
しかしその姿は今は何処にもない。
蛍自ら柱達を捜しているのであれば、いずれは鉢合うはず。
そうでなければ何処かに身を潜めているのか。
未だに大勢の人で賑わう神殿を間近に、義勇は不意に足を止めた。
「──…」
呼吸を沈める。
誰の耳にも届かない程、静かに、細く。
ゆっくりと目を閉じる。
周りの景色を遮断して、同時に意識を深い水の底へと沈めていく。
脳裏に浮かぶは地平線のみ見える世界。
一滴の波紋も広がらない、音の一つも、振動の一つもない、無の水面。
その上にひとり立つように。
周りをひしめいていた騒音が薄れていく。
邪魔なものだけ取り除いて、必要なものだけ拾えるように。
タタタタッ
拾ったのは、明らかに人の生み出す音ではないものだった。
開眼すると同時に、その音を捉える。
日輪刀を抜刀せずに瞬時に腰から抜くと、鞘の先で音を叩き上げた。
「ヂュッ!?」
鞘に跳ね上げられ、ぽおんっと飛んだ小さな体が義勇の掌に落ちてくる。
「…お前は」
ぽてりと着地したのは、小さな灰色の体。
それは天元に命じられ神社の敷地外を捜索していたはずの忍鼠だった。