第9章 柱たちと年末年始✔
「ん?」
聞き覚えのある声だった。
そしてその声は童磨にも届いていたらしく、握られていた残りの手が離れる。
「なんだろう、これ」
その手を持ち上げた童磨の顔の前に、ぷらんとぶら下がる灰色の小さな体。
大きな耳に尖った鼻、つぶらな瞳に宝石の額当て。
天元の獣忍であるあの鼠が、童磨の指に噛み付いていた。
「変な鼠だなあ」
後頭部に触れていた手も離れる。
痛みを感じていないのか、不思議そうな顔をしながら童磨の手が鼠を握っ…駄目!
「っふ…!」
「チュッ」
咄嗟に手を伸ばして、童磨が掴み取るより早く小さな体を奪い取っていた。
なんだか嫌な予感がしたから。
触れた鼠は、意外にもすんなりと口を離して私の掌の中に収まった。
温かな動物の体温。
こっちを見てくる黒い瞳と重なって、なんだかはっとする。
現実に引き戻されたような感覚だった。
「チュチュ!」
「その鼠、蛍ちゃんの…あっ」
何かを急かすかのように鳴くその声に、勢い良く童磨に向けて頭を下げる。
それと同時に、後ろの人混みに向かって駆け出した。
また手首を掴まれる前に。
またあの瞳に因われてしまう前に。
飛び込んだ人混みは、予想以上の肉の壁だった。
「わ、何…っ」
「ちょっと!」
「おい押すなよッ」
「ふ、ふく…っ」
渾身の力で押してしまえば周りに怪我をさせてしまう。
最小限に力を抑えながら、それでも早く童磨の傍から離れるようにと。抱いていた鼠を潰さないように懐に入れて、体勢を低くして進む。
ほとんど四つん這い状態だったけど、人混みの足場を縫う方が早く進めた。
早く。早く。
同じ鬼である童磨に恐怖を感じた訳じゃない。
寧ろ共感してしまいそうになった。
鬼の目線で認められたのは初めてで、そこに救いを感じてしまったのか。
わからない。
わからない、けど。
あそこで頷いてしまったら、後戻りできなくなる。
そんな気がしたから。