第9章 柱たちと年末年始✔
「哀しいことは一度で十分。もうそんな思いに浸らなくていいんだ」
「…っ」
私の過去を知っている訳でもないのに。
何故か見透かされているような気になる。
「折角鬼に成れたんだから、これからは好きに生きていけばいい。人間の世界の法則なんてものに縛られる必要はない」
諭すような優しい口調。
だけどその言葉は私には衝撃的だった。
鬼に成ったことに後悔しかなかったのに。
それを初めて全肯定されたから。
「俺の傍にいれば愉しいことだけ感じられるようにしてあげる。世の中には蛍ちゃんの知らない世界が沢山あるんだよ」
両手を握っていた手が、手繰り寄せられる。
薄く笑う童磨の口元から覗く、鋭い牙。
やっぱり彼も私と同じ鬼だ。
なのにまるで自分とは違う何かを見ているような錯覚だった。
目が逸らせない。
白い牙の間から時折覗く、真っ赤な舌。
血色の薄い唇が私の指先に触れると、何故かどくりと体の内側で血脈が打った。
「おいで。哀しい思いはさせないから。愉しいことだけ与えよう。温かくて、気持ちよくて、微睡みたくなるようなことを教えてあげるから」
片手が不意に離れる。
私の頬を這う長い指先が、するりと口枷の紐と皮膚の間に滑り込む。
「だから、こんなものは捨ててしまえばいい」
肌を擦れる童磨の指先から、なんだか奇妙な熱が広がっていくような感覚だった。
寒い。けど熱い。
ゆっくりと辿るように後頭部へと伸びる指。
そのままくしゃりと髪を乱されて、思わず顎が上がる。
まるで口枷を、目の前の男に差し出すように。
鋭く長い爪先が、固く結ばれた口枷の結び目に触れた。
「ヂュウッ!」
…ぢゅう?