第9章 柱たちと年末年始✔
「っ…きょ…ッ」
「む?」
息が覚束無い。
汗が頬を伝う。
稀血の名残で高揚した肌は色鮮やかに浮かび。
ワインの残り香を残した瞳は、水の膜を張るように薄らと潤ませた。
「きょ、じゅろ……も、むり…っ」
弱々しく零れたのは白旗にも似た本音。
震える吐息と共に告げられた絶え絶えの弱音に、ピシリと空気に亀裂が入った。
ゴトンッ!
否、杏寿郎の周りの空気だけに。
「あ。一本」
勢い良く机に甲から落ちたのは、杏寿郎の拳だった。
思い出したかのように無一郎の手が上がる。
「…あ?」
「まあ!」
「…なんだと」
「まじか」
「…南無」
「……」
しのぶを除く柱全員の目が丸くなる。
今の今までどう見ても勝ちは杏寿郎だった。
それが何故いきなり逆転されたのか。
「や…やったわ! 蛍ちゃんが勝ったぁ!!」
「待て今何したあいつァ。どうして煉獄が負けたんだ」
「俺にもわからん…」
「…おい胡蝶」
「なんですか? 宇髄さん」
にこにこと笑っているしのぶに、天元の引き攣った顔が向く。
その場で杏寿郎の敗因を理解していたのは、この二人のみ。
「まさか女を武器にさせるとは…」
「なんのことやら?」
(なんのことやら、じゃねぇよ)
空気同様、表情を固まらせた杏寿郎の顔がじわじわと熱さを増していく。
「…よもや…」
見たことのない表情だった。
聞いたことのない声だった。
そこに一瞬魅せられたのは確かだが、その直後空気を固まらせる程の破壊力を成した。
何故か動悸は速くなり、顔が熱くなる。
思わず俯いて目の前の少女から目を逸らしてしまう程に。
「ハァ…っ…か、かった…?」
「そうよ蛍ちゃん! 煉獄さんに勝ったの!!」
「や…ったぁ…」
ヘナヘナと蛍が机に突っ伏す。
下から見上げた幼い瞳は、俯いた杏寿郎の視線を捉えた。
「きょ、じゅろ…」
「…む、う」
汗だくで滲んだ瞳。
呼吸の稽古時も見たことがあるはずなのに、何故もこう胸が騒ぐのか。
薄々勘付いてはいた。
以前と変わったのは蛍へ向けた想いだ。