第9章 柱たちと年末年始✔
「落ち着け。思い出せ。前にも同じことをしただろう」
「ウゥ…ッ」
「体を丸めろ」
「ッゥ…」
「小さくなれ」
その匂いに包まれて、眠りについたことがある。
小さく体を丸めてすっぽりと入り込んだ暗闇は不思議と安堵できた。
あれは誰の匂いだったのか。
あれは誰の温もりだったのか。
「己を抑え込め。彩千代蛍」
「ッ…」
「お前ならできるはずだ」
色は見えない。
しかしその声は知っていた。
噛み締める。
拳を握る。
それでも口内に残った血の味が、欲を爆ぜろと追い立ててくる。
(邪魔、だ)
初めて嗅いだ時はあんなにも惹き寄せられたのに、今は忌々しく思った。
聞きたい声が聞こえない。
見たいものが見られない。
五感を妨げてくるそれは邪魔でしかない。
「ッ…ぐ、ぅ」
咄嗟に目の前の腕に噛み付く。
充満する己の血の味に、口内に残っていた稀血が薄れていく。
「ぅ…っ」
ふーふーと荒く溢れる息が小さくなっていく。
同時に義勇の押さえ込んでいた半柄羽織の中も、徐々に縮小していった。
「そうだ。もう終わったんだ」
「……っ」
「戦わなくていい」
小ぢんまりと小さな塊に変わった羽織の中から、微かな震えが伝わってくる。
その背を、義勇の手が羽織の上から擦る。
幾度も幾度も、やがてその震えが治まるまで。
「冨岡、蛍少女は」
「もう大丈夫だ」
「そうか…」
ほっと息を零す杏寿郎の手が、対峙していた鞘を退く。
じっと無表情に義勇の羽織の塊を見ていた無一郎もまた、抜いていた刀を鞘に戻した。
「開けるぞ」
一声かけて、ゆっくりと義勇の手が羽織を捲る。
中から覗いたのは子供と化した小さな蛍の頭。
赤く染まった口元は、もう鋭い牙を剥いてはいない。
しかしまだ意識は混濁しているのか、濁った瞳が義勇を見上げてくる。
「俺が見えるか」
「……みえてる…」
か細い声だったが、それは確かな応答だった。
人としての意思疎通を通した蛍に、蜜璃やしのぶもようやく体の力を抜いた。
「よ、良かったぁ蛍ちゃん…!」
「間一髪でしたね」