第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
ばしゃりとその場に、力を失い崩れ落ちる。
辛うじて倒れることは阻止したが、肉を削り取られバランスの失った体は、座り込んだまま真っ直ぐに起きることができない。
(あれ、は)
なんだ。
血に濡れた目が捉えたのは、膨張するように伸縮を繰り返している黒い影の塊だ。
そこから伸びた、鋭い爪を持つ腕は丸太のように太く、音も無くぬかるんだ地面に下り立った。
一つ、二つ、三つ。
四足歩行の獣のように、影から伸びたのは四本の脚。
真っ黒な影であるというのに、鋭い爪も、覆うような毛も、不思議と視認できた。
揺らぐ毛が立ち昇り、消えてはまた、影の奥底から揺らぎ立つ。煮え滾るような毛を持つ、巨大な生き物のようだ。
「きよ…ッ!」
空気を割るような少女の声に、一瞬意識が向く。
蛍の腕から抜け出したすみが、地面に転がる少女へと駆けていた。
「し、ま"…っ」
人間なら絶命しても可笑しくはない損傷。
それにより、きよを捕らえていた水を維持できなくなっていた。
吐いた恨み言さえまともな音にならず、げぼりと少年の口から濁った血が溢れる。
浮遊させていた水の塊は飛散し、ただの雨水となって地面へと流れる。
同じに地面へと転がり落ちたきよは、ぐったりとその場に倒れたままだった。
「きよっきよ…! しっかりしてきよ!」
「今、水を吐き出させるから…!」
泣きじゃくりながら呼び続けるすみと、蘇生の為に人工呼吸を試みるアオイ。
二人の切羽詰まる空気に感化されることなく、蛍はただ血に塗れた少年を見ていた。
感情の起伏も見せずに、ただじっと。
「…ッ」
騒ぎに乗じて逃げることも、距離を取ることすら許さない。
蛍から感じる圧に、少年は濁った血を飲み込んで唇を噛み締めた。
問題は、目の前にある異様な影だ。
ぼこりぼこりと変則的な浮き沈みを繰り返しながら、徐々に何かを形作っていく。