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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第9章 柱たちと年末年始✔



「気味の悪い鬼風情がァ…!」


 くぐもった音が届く。
 誰かが何かを叫んでいる。
 しかしよくは聞こえない。

 色が見える。
 鮮明に伝わってくる白菫色。
 優しいその色から伝わる気迫は、殺気だ。

 何かをしないと、と思っていた。
 何かを切に願っていた。それはなんだったのか。





『優勝者には希望のものを一つ贈呈することとする!』





(…そう、だ)


 思い出す。
 自分が自分で在る為に、見えた希望の光がそれだった。


(勝たない、と)


 自分で自分の道を作る為に。


(倒さない、と)


 目の前の──敵を。


「…ゥ…」

「ッ…!」


 ギリギリと手首を掴む握力が増す。
 ぶしりと実弥の血管が小さく破裂し血が混じる。
 辺りを漂う血の匂いが一層濃くなる。
 それでも尚、蛍は力を緩めなかった。


(倒す。敵を。自分で。生きる。為に)


「ッの野郎…!」


 まだ自由に動かせる足を、顔の高さまで蹴り上げる。
 しかし実弥の足先がそのまま蛍の顔を粉砕することはなかった。


 バチンッ!


 衝撃はあった。
 ただ手応えはなかった。
 顔に蹴り入れた足先は、蛍のもう片手によって阻まれていたからだ。


「なん…ッ(だこの馬鹿力…!)」


 びくともしない手で足首を掴んだまま、覚束無いはずの足を蛍は捻った。
 右足を軸に円の中で反転した体が腕を振るう。


「ッ…!?」


 ぐんっと急な重力が実弥の全身にかかる。
 先程の背負投げとは比較にならない遠心力で、抗う暇もなく投げ飛ばされた。


 ドゴォッ!


「む!」

「ひゅうッ♪ すげぇ投げ」

「ぃ…一本!」


 飛んだ実弥の体は、勢いよく通路の壁へと背中から激突した。
 慌てて片手を上げて勝敗を宣言する蜜璃に、どさりと実弥の体が地に落ちる。


「グル…」


 しかし蛍の血に染まった両眼は、尚も獲物を捉えたまま。
 バキリと指を鳴らすと、ふらりと円の外へと歩み出た。
 ゆっくりと向かう先は、地に伏せた実弥の下。

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