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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第9章 柱たちと年末年始✔



 だからこそ願ってしまうのだろうか。
 鬼を滅する死と隣り合わせの組織内で生まれた、その些細な繋がりを。

 だからこそ。


(…簡単に堕ちてくれるなよ)


 鬼の体の中に人間の心を垣間見た。
 そんな彼女へと、祈るように思いを馳せた。










「ッう、ウゥ…!」


 意識が朦朧とする。
 ぐにゃぐにゃと揺れる世界は強い酒に煽られたように、蛍の視界を妨げていた。
 唯一強烈に伝わってくるのは、口内を充満している味と同じ匂い。
 牙の隙間から漏れる声は、人のそれとは程遠い。


「言葉もまともに話せねェ癖に粋がってんじゃねェよ…! さっさと本性見せろ!」


 誰かが叫んでいる。
 その声も鮮明には届かない。
 少量であろうとも希少価値の高い稀血の効果は、長く飢餓状態であった蛍の意識を真っ赤に染め上げていた。

 唯一鮮明に把握できたのは、その色だけだ。
 仄かな優しい白菫色。
 それが発光するかのようにして、目の前の人の形を模っている。


「それができねェなら無理矢理にでも起こしてやる…ッ」


 ぐにゃぐにゃと揺れる人の形をした色。
 しかしその動きは鮮明に見て取れた。
 唯一発光している光が主張してくるからか、迫る拳がはっきりと把握できる。

 泥酔したようにふらつく蛍の体。
 打ち込まれた実弥の拳を、ふらりと酔いに揺れるようにして避けた。


「ッ!?」


 ミシリと骨が軋む。
 痛みを目で辿れば、実弥の視界に先程から握られたままの手首が見えた。
 ミシミシと軋む音を立てていたのは、そこからだ。
 先程の力は肩慣らしと言わんばかりの凄まじい圧力が、手首の骨を圧迫していた。


「ゥ…グル…」


 ぽたぽたと実弥の血と己の唾液を溢れさせる口元。
 紅く染まった眼に、血管が浮き出た皮膚。


(なんだコイツ…なんで抗える!?)


 明らかに実弥の血に中てられている。
 なのに攻撃を避け抗おうとする姿に、実弥は驚きを隠せなかった。

 不死川実弥の稀血は、一般的な稀血とは異なる効果を持つ。
 その血の匂いを嗅ぐだけで鬼は酩酊(めいてい)し、正常な判断は欠け、普段持つ力の三分の一も発揮できなくなる。

 なのにこの鬼はなんだ。

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