第9章 柱たちと年末年始✔
「…あれ、どういう状況なの?」
「己の体を喰わせようとしている不死川に、抗っているように見えるな」
「まさか…本能を理性で抑えようとは…信じられん」
小芭内の説明に、無一郎と行冥の目が信じられないとばかりに向く。
行冥の瞳は光を灯していなかったが、それでも今まで感じたことのない鬼の気配に静かに目を見張っていた。
「鬼は存在自体が殺人欲の塊。それも不死川の稀血を飲んで尚、殺生を拒むとは…」
「それも時間の問題だと思いますよ。ほら、」
指差す無一郎の目先には、実弥と対峙する蛍の姿があった。
口に押し込まれた指を喰らうことはしなかったが、ぽたぽたと口の端から溢れ出る唾液に何かを求めるように震える牙。
目の前の肉を鬼の体が欲していることは、誰の目にも明らかだった。
「お館様はあの鬼を買っていたけど、所詮鬼は鬼。根本は何も変わらない。あの鬼だってただの人殺しだ」
蛍がその手で人を殺した情報は、柱の全員に伝わっている。
それは紛うことなき真実であり、いくら目の前の殺人欲求を否定しようとも覆ることはない。
「決め付けるのは早いと思うぞ」
そんな冷たい無一郎の言葉を遮る者が一人。
静かに蛍を見据え続けている杏寿郎だった。
「人の中で我ら柱のように特別な力を身に付け、鬼と渡り合う者が存在したように。鬼の中にも、一般的に見る鬼と違う者がいても可笑しくはない」
「それでも鬼は鬼でしょう? 俺達が人であるのと同じに」
「そうだな。鬼は鬼だ。人とは違う。ならば問うが、時透。人は全て善人だと言い切れるか? 罪を犯しその手を血に染めた人間は?」
「…何が言いたいんですか?」
「言葉通りだ。過ちを侵す人間が存在するのと等しく、その過ちを正そうとできる鬼もいるのではないか。少なくとも、蛍少女はその罪から目を逸らさず生きている。だから逃げ出さずに我らと共にいるのだ」
人であっても逃避したくなる過ちを背負い、それでも蛍はこの地に立っている。
それもまた紛うことなき真実だ。