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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第9章 柱たちと年末年始✔



 ドクドクと血管の血が脈打つ。
 急速に空腹感が強くなる。
 強い酒に当てられたかのように、くらりと視界が揺れた。


「ぅう…ッ」


 ミシミシと目の前の指に牙を食い込ませる。
 このまま牙を立てて骨を砕いて溢れる血を大量に啜えたら。
 今まで一度も満たされなかった腹が、初めて満たされるかもしれない。

 折ることは簡単だ。
 もう少し力を加えれば、簡単に骨は砕ける。
 欲しかったものが手に入る。

 あと、ほんの少しの力で。










『天元様の指、欠けちゃったから…日輪刀握れるのかなって思うと…っ』










「──っ」


 ぴたりと蛍の動きが止まった。

 哀しい泣き声だった。
 夫の失われた指に心底哀しみを漏らす、妻の涙声。

 たった数本。
 それでも蛍とは違い、永遠に戻ってこない天元の指。
 それを己の傷のように嘆く妻達の思いは、本物だった。


「っ…ぅ…」


 ミシリと力が入る。
 逃れようと掴んでいた実弥の腕に、みしみしと蛍の手が尚も喰い込んでいく。
 びくともしなかったはずの実弥の腕が、動いた。


「テメ、ェ」

「っふ…ぐ…」


 それは実弥の腕を折る為の力ではなかった。
 ギリギリと締め付ける蛍の手が、口内を好きに侵していた実弥の指を引き抜く。
 がちがちと牙を震わせ、それでも蛍は実弥の指にそれ以上噛み付くことはしなかった。


「ぅウ…!」


 限界まで縦に鋭く割れた瞳孔。
 鋭さを増した牙。
 明らかに鬼としての殺人衝動が高まっている蛍の力が増したのは、それこそ口にした血のお陰だった。

 腹が減る。喉が鳴る。
 目の前の肉を喰らえと体が信号を送る。

 それでも頭にあるのは、愛する者の体を失ったことへの大きな哀しみ。
 あの忘れられない妻達の涙だ。


(食べる、な。壊すな)


 自分とは違う。
 失ったら二度と戻ってこないのだ。


(抗え。屈するな)


 体の衝動を微かに残っている意志で遮る。
 ミシリと尚も蛍の筋肉に力が入った。


(人は、食べ物じゃ、ない)

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