第9章 柱たちと年末年始✔
「それでは一本勝負──始め!」
杏寿郎の掛け声と共に、先に動いたのは天元だった。
「秒で片してやるよ!」
(やっぱりきた…!)
天元との組手なら数え切れない程、行ってきた。
先手必勝で詰みにかかる彼の素早さは十二分に知っている。
かくんと膝の力を抜いて、掴みにかかる大きな掌を避ける。
右に左に斜めに下に。紙一重で掌を避ける蛍の動きは、最小限で無駄がない。
更には小さな子供の体の為、俊敏に躱(かわ)していく姿は掌握し難い。
「くっ…この、ちょこまかと…!」
(避けるだけなら大得意になったんだからッ)
何度も組手でボロ負けしてきた。
その拳に滅多打ちにされた経験があるからこそ、避けられるようになったのだ。
青痣を作り時には出血し、負けて肩を落とす蛍をその度に労ってくれたのは、天元ではなく彼が連れている三人の嫁達だった。
最初こそ夫が認めたから、と鬼である蛍を受け入れたが、一人の夫を三人で共有し会える心の持ち主である。
元々の寛大さもあったのだろう、蛍を【鬼殺隊が捕えている鬼】としてではなく【鬼という存在の彩千代蛍】として見てくれるようになった。
日頃の鍛錬を労い、励まし、次へと導いてくれたのは彼女達だ。
でなければ目の前の男との厳しい訓練など早々根を上げていたかもしれない。
「投げ飛ばしがアリならこれもアリだよなァ!」
捕まえられないと見切りを付けた天元が、体勢を低く落とし丸太のような腕で足払いをかけてくる。
地面から5cmもない距離の足払いは、小柄な幼女であっても避けようがない。
しかしその腕は蛍の足に当たることはなかった。
「な」
ふわりと天元の前でなびく帯紐。
顔の位置まで跳んだ蛍が、小さな拳を後ろへと振り被っていた。
(この…っ)
ミシリと細い腕に血管が浮く。
蛍の脳内に走るは、いつも叱咤激励してくれた三人の宇髄家の女達。
「ぜいたくものがァア!!」
「ぐブッ!?」
(((何が?)))
拳は見事に天元の顔面に命中。
と共に柱達の頭に一斉に浮かんだのは謎の疑問符だった。