第37章 遊郭へ
「だーかーら! オレんとこに鬼がいんだよ! こういう奴がいるんだって! こういうのが!!」
「いや…うん。それは、あの…ちょっと待ってくれ」
「こうか!? これならわかるか!?」
とある遊郭の屋根の上。
潜入任務の合間に抜け出してきた炭子もとい炭治郎は、猪子もとい伊之助の謎の鬼情報に頭を抱えていた。
真剣な顔で告げてくれているのはわかるが、如何せんその表現が独特過ぎて理解できない。
体をくねらせ、両腕を掲げ、くわりと大口を明けて威嚇する。
鬼が様々な形に変化できるとしても、似ているのは精々蛇のようなものだ。
「そろそろ宇髄さんと善逸、定期連絡に来ると思うから…」
「こうなんだよ! オレにはわかってんだよ!」
「うん、うん…」
「善逸は来ない」
「「!?」」
気配はなかった。
必死さを増す伊之助を炭治郎が宥めている合間に、当然のようにするりとその声は入ってきた。
背を向けたまま瓦に座り街を見下ろしている天元だ。
「善逸が来ないってどういうことですか?」
「お前達には悪いことをしたと思ってる」
驚きを隠せないまま問いかける炭治郎に、返す天元の言葉は回答と成してはいない。
ただその目は変わらず、冷えた色で花街を見続けていた。
「俺は嫁を助けたいが為に幾つもの判断を間違えた。善逸は今、行方知れずだ。昨夜から連絡が途絶えてる」
雛鶴達と、そして蛍の無事も切望した結果だ。
いつもなら冷静に見られた視野が甘くなってしまった。
「お前らはもう花街(ここ)から出ろ。階級が低すぎる。此処にいる鬼が上弦だった場合、対処できない」
わかっていたはずだ。炭治郎達では上弦の相手ができないことを。
予想していたはずだ。遊郭に潜んでいる鬼が上弦である可能性を。
なのにこの状況を作り出してしまった自分に、善逸の命の責任はある。
「消息を絶った者は死んだと見做す」
一度沈黙を作った口を開く。
目を向けたくはなかった現実を、ようやく口にした。
本来ならもっと早く目を向けていたはずだった。
認めたくはない心が、善逸の死を招く隙を作ってしまったのだ。