第37章 遊郭へ
「お前、随分と妹に気に入られたなぁ」
「何言ってんのよお兄ちゃんっ目の届く所にコイツは置いておかないと…っ」
「はいはい。そうだったなぁ」
赤くなった鼻の頭を擦りながら、蛍は内心頸を傾げた。
いくら鬼として配下に就いているとは言え、そこまで監視させられなければならない理由があるだろうか。
(日頃大人しくしているつもりはあるんだけど)
自由に行動をする為にも、日頃は従順に堕姫に従っている。
座り込んだまま、まじまじと二人を見ていれば、ぐんっと体は更に強く引っ張られた。
「あんたも入るの! 言ったでしょ、暖になりなさいって」
「えっ」
「あん?」
引き摺り込まれたのは、またもや堕姫の腕の中だ。
それも妓夫太郎混じりの布団の中。
まさかまだその役目が続いていたとは。そう目で訴える蛍と頸を捻る妓夫太郎に、堕姫はぎゅうぎゅうと蛍の体を羽交い絞めに抱きしめながら捲し立てた。
「ふ、二人の水入らずを邪魔する気はないんですが…」
「当たり前でしょ。邪魔したらその頸締め千切るわよ」
「……」
「お~。怖ぇなぁ」
「ちょっ…お兄ちゃん!」
「ハイハイ。いいからここにいろって妹が言ってんだぁ。お前も大人しくしてろぉ」
どんなにきゃんきゃんと吠える仔犬のような堕姫の喧騒も、妓夫太郎の鶴の一声で消え失せる。
むすりと頬を膨らませたままだが大人しくなった妹の顔が、ほんのりと血色良く染まっていることを兄は気付いていた。
だからこそ自然と口角も緩むもの。
(随分と気に入ったみたいだなぁ)
気難しい妹が、まさか他の鬼にここまで執着を見せるとは思わなかった。
相手が異性ではないからか。
はたまた擬態であっても好ましい顔をしていたからか。
それとも花魁道中に垣間見た蛍の蕨姫花魁への思いが意外なものだったからか。
何がどうした理由であれ、それは妓夫太郎にとっても都合のいいものだ。