第37章 遊郭へ
「妓夫太郎様なら堕姫様の体も温められると思いますし、堕姫様も私より安心できる相手かと…」
「お兄ちゃんは湯たんぽじゃないのよッ失礼なこと言わないで!」
「そんなこと思ってませんよ。布団にはない温もりがありますよねって。人肌には」
「この場合は鬼肌か」なんてどこか冷静に頭の隅で思い直しながら、蛍はぎゅうぎゅうと羽交い締めのように体を抱きしめてくる堕姫を見上げた。
妓夫太郎より堕姫と長い時間を共にしているからか定かではないが、感情は兄より妹の方が読み取りやすい。
普段なら兄に我儘の一つや二つ軽く吐き出す堕姫が自分を抑えているのは、建前としても禿として就かせている蛍が傍にいるからか。
「人肌って何よ。大体アタシ達は人じゃないでしょッ」
(あ、思ったこと言われた)
「何よその目は」
蛍の心情などこの距離なら安易に覗けるはず。
そんな余裕もない堕姫をじっと見上げたまま、蛍はすぅと小さな口で息を吸い込んだ。
「おにいちゃーん」
「!?」
堕姫が妓夫太郎を呼び出す姿は以前見たことがある。
見様見真似で愛称を呼び上げれば、途端に堕姫の顔色が変わった。
「あッんた…! お兄ちゃんの名前を気安く呼ばないで!」
「ぅぐっ。な、名前と言うか愛称…」
「どっちも同じでしょーが!!」
「同じじゃねぇなぁあ」
ぎりぎりと血管を浮き立たせる程に蛍の首を圧迫して羽交い締めにする堕姫の行動がぴたりと止まる。
巻き付けていた掛け布団が盛り上がり、そこから届いた掠れ声に腕の力も途端に抜けた。
「げほッ」
「ぉ、お兄ちゃんっ!?」
「なに騒がしくしてんだぁお前ら」
勢いよく振り返る堕姫に、はらりと掛け布団が落ちる。
そこにいたのは、妹の体から出てきた妓夫太郎だった。
ぼりぼりと目の上を掻きながら、咳き込む蛍と慌てふためく堕姫を呆れたように見ている。