第37章 遊郭へ
「火鉢を持ってきますね。暖かくなりますから」
「時間がかかるでしょ。今すぐ暖が欲しいの」
「じゃあ…」
「つべこべ言わずにあんたが暖になりなさい」
物で部屋を暖めようとすれば間髪入れずに拒否される。
その身で暖になれと命令する堕姫に、予想した通りのものだったと蛍も大人しく従った。
お邪魔しますと頭を下げて、堕姫が丸まる布団の中へと入り込む。
小さな体では布団内も余裕があり、ちょこんと堕姫の懐の真ん中に座り込んでみた。
「あったかいですか?」
「大して変わらないわ。あんたチビだから」
ならば擬態を解いて大きくなれば問題ないのかと思えど、それは正解の道ではないことも蛍はなんとなしに知っていた。
堕姫の前では常にこの白梅と名付けられた顔と体でいなくてはならない。
更には最近では堕姫の束縛も強くなり、京極屋内での行動でさえも自由を制限されるようになった。
常に堕姫の目に見える所にいなくてはならなくなり、遊女はまだしも特に他の禿と関わるなと強く忠告される始末。
(一番の変化は鯉夏さんに出会ってからだけど…)
鯉夏に対する対抗心なのか定かではないが、確かにあの日から堕姫の蛍に対する態度には変化が見られるようになった。
今こうして堕姫の懐で逆に暖を取ってもらえているような状態も目に見えて変わった変化の一つだ。
「全く…暖の一つも取れないなんて。本当使えないわね」
相変わらず物言いには冷たい空気を含んでいるが、棘は以前程ではない。
遊女が使うものにしては分厚く心地よい敷布団をじっと見下ろしながら、蛍は思いあぐねた口を開いた。
「じゃあ…私より体の大きな妓夫太郎様を呼びましょうか」
「は!? なんでお兄ちゃんなのよ!」
妓夫太郎の名を出した途端、堕姫の声色が変わる。
強い否定というよりも焦燥混じりの感情に、やっぱりと蛍は内心頷いた。
堕姫が求めていたものは単なる暖などではない。
兄の温もりだ。