第37章 遊郭へ
鬼殺隊にいれば命が呆気なく散っていくことは日常茶飯事。
そんなことは属する者なら誰しも覚悟していることだ。
天元も、嫁である雛鶴達も、鬼である蛍も例外ではない。
それでも天元の足を止めさせたのは、杏寿郎と蛍の間にある確かな繋がりだった。
否応なしに見せつけられた、二人の絆。
それを目の当たりにしたと同時に生み出してしまった己の感情。
ただの鬼でもなく、炎柱の目にかかった女性でもなく、彩千代蛍自身を個として特別な目で見るようになった。
だからといって特に何か行動に起こす訳ではなかったけれど、心を潰した蛍を荒く扱うことを躊躇させるには十分だった。
(悪いな千坊。あいつにも時間が必要なんだ)
千寿郎の気持ちも痛い程わかる。
家族として受け入れた相手だからこそ、目に見えない不安は兄を失い憔悴した少年の心を容赦なく苛むだろう。
だとしても今の蛍を千寿郎に会わせることは、共倒れになる恐れもある。
彼女が自分自身の足で煉獄家へ向かわない限り。
今の自分にしてやれることは、精々この身で傍にいることだけ。
そのたった一つのことでさえ今はできていないのだ。
天元の表情が険しいものへと変わる。
(嫌な気配は消えてねぇ。ってことは悪鬼は変わらず此処にいる。蛍も同じに遊郭の何処かに必ずいるはずだ)
心を潰して尚、蛍が無くさなかったのは鬼殺隊としての姿勢だ。
愛しい者を失ったが故の悪鬼への憎悪もあるだろうが、それこそが生きる原動力ともなる。
他柱の大勢がその憎しみや恨みつらみを礎に立っているのが何よりの証だ。
そんな蛍が、悪鬼を残して遊郭を去るはずがない。
一息つくと、天元は徐に腰を上げた。
潜入させた炭治郎達もそろそろまともな情報の一つくらいは持ってくるはずだ。
その中に手がかりとなる一手でもあれば、状況は動き出すだろう。