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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



 静寂が辺りを包む。
 帯が沈黙を貫いているからだと悟った蛍は、はっとして胸元を見下ろした。
 握りしめたままの帯は見た目には帯のまま、微動だにしていない。
 それでもしっかりと蛍の言葉は一字一句、耳にしたはずだ。


「…えっと」


 手持ち無沙汰に漏らせば、脳内に届く鼻を鳴らす声。


(フン。何を偉そうに。ただの禿のあんたに言われなくたって、蕨姫花魁は日本一の花魁だよ)


 口調は相変わらず刺々しいものの、そこに鯉夏に向けたような殺伐とした空気はなかった。


(見てな。いずれ蕨姫花魁はこの遊郭で天下を取る。どこぞの男に現を抜かすことを選んだ鯉夏なんかハナから眼中にないさ)


 語る帯の声はどこか誇らしそうだ。
 僅かに膨らむ帯は言葉通りの感情を表しているかのようで、きょとんと見下ろしていた蛍にもつい柔い空気が浮かんだ。
 見た目は無機物なのに、なんとも心を宿した動物のようだと。


(ほら、用事は済んだだろう。さっさと戻るよ。蕨姫花魁は働いてるんだ。あんたも働きな)

「あ、うん」


 急かされ、手に持っていた通和散から視線を上げて辺りを見渡す。
 すっかり人気のない道は、疎らな人間しかいない。
 そこに見知った上背のある柱を見つけられることもなく、お供である小さな鼠達の見る影もなく。蛍は小さな肩を落とすと街並みに背を向けた。

 当初の目的は結局のところ成せなかった。
 精々成せたことと言えば、噂で聞いていた鯉夏との接触と、帯とまともな会話を交わしたことくらいだろうか。


(駄目だなぁ…すっかり柚霧(むかし)の感覚が板についてしまってる)

(なんだい。何か文句でもあるのかい)

「いえっ何も」


 思わず脳内で零した愚痴でさえ、帯に拾われてしまう始末。
 下手なことを脳内で呟かないようにと背筋を伸ばすと、蛍は帰路についたのだった。

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