第37章 遊郭へ
鯉夏のような遊女は少ない。
煉獄杏寿郎という人間に出会うまで、柚霧も堕姫側の人間だった。
(まぁ、色々言ったけど。私は…蕨姫姐さんの生き方の方が見慣れてるから)
だからという訳ではない。
ただこれは蛍本人の思いだった。
(姐さんは、この浮世でただ遊女としてなぁなぁに生きてる訳じゃないし。守りたいものも、何が一番大切なのかも、自分の中で全部持って生きてる)
姉が世界の全てだった。
姉さえいれば、どんなに浮世のどん底にいても前を向いていられた。
かつての柚霧の姿と、ただ一つだけ兄の存在を見つめて生きている蕨姫の姿が重なる。
(なら、そのままでいて欲しい。他所の花魁を見下さなくても、見返せるだけのものを姐さんは持っているんだから)
ただ美しいだけの女が、色欲の世界で常に上位にいることなどできない。
努力した部分も必ずあっただろうし、それだけの泥も飲み込んできたはずだ。
見た目の煌びやかさとは裏腹に、綺麗なだけではいられない世界だ。恨み辛みも生まれて当然。
それを知っているからこそ、帯の主張も蛍には寄り添えるだけの感情だった。
冷徹と言えばそれまでだが、余程人間味のある感情のように思える。
同じ"花魁"を掲げる女に、嫌悪を抱くことも。
「鯉夏さんに負けない花魁であって欲しいな…姐さんには」
不意に幼い口から零れた思いは、蛍の本音だった。
鬼だとか人間だとか、捕食者だとか餌だとか、そんなことは関係ない。
ただ一人の女としてこの浮世に再び立った時、素直に生まれた感情だ。
鯉夏は一人の男を伴侶として受け入れ、それが幸せなこととして生きていく。
それも一つの幸福だ。鯉夏の新しい人生が明るいものであってほしいと思う。
それと同時に、蕨姫にはそんな鯉夏を鼻にもかけない花魁であって欲しいと思えた。
別の道を歩むのだ。二人の幸福は重なりはしない。
一人の女としての生き方を選んだ鯉夏だからこそ、女ではなく妹として血の繋がった家族を選び取った蕨姫の道の先も、決して暗いものであってほしくはないと思った。