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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



「は…っ」


 幼い体で鯉夏花魁を一目見ようと集まる人混みに入り込むのは、簡単なことではなかった。
 それでもどうにか体を捻じ込み、人の波に乗る。
 蛍のその目は周りの人々と同じ場所へは向いておらず、できる限り背伸びをして辺りを見渡していた。

 本来なら一般男性より上背のある天元の姿は目立つ。
 それでも一般女性より小さな体をしている今では、大勢の人の体や頭で視野は塞がれ、よく見えない。


(せめて鼠さんがいれば…っ)


 天元は見つからずとも、彼の忍獣の痕跡は見つかるのではないか。
 複数放たれているであろう鼠達へとすぐに蛍は目的を切り替えると、見えない頭上ではなく見通しの利く地面へと視点を転じた。

 小さな身を屈め、足元に目を凝らし、人混みを縫って進む。
 小柄故に進むことはできたが、足元など見ない大人達の脚に簡単に押し合い圧し合いされてしまう。


「わ…っ」


 どんと押された体は、呆気なく目の前の開けた道へと弾き出された。


「まあ」


 反射的に両手を地面につけば、視界は乾いた砂地しか映らない。
 だからこそ頭上から振ってきた声に一瞬、気が遅れた。


「大丈夫?」


 砂地しか広がらなかった視界に、白く柔い肌の手が映る。
 差し出されたそれを手にせず視線を上げれば、漆塗りの綺麗な高下駄が映し出された。


「怪我はしていない?」


 いつの間にそこまで来ていたのか。目の前にいたのは花魁道中の中心となる人物。
 誰もが一目見ようと群を成していた、あの鯉夏花魁だった。


「ああ、顔が汚れてしまっているわね。ほら」

「ぁ…え…」

「鯉夏花魁。今は道中で、そんなことをしている暇は」

「転んだ女の子一人に声をかけるくらいの時間はあるはずよ」


 目の前で柔い表情を見せる美女は、蛍のように造られたものではない。
 生まれ持った美しさはその心も同じに染めているらしく、蛍の手を取り立ち上がらせると、止めに入る新造に静かに動じない態度を示した。

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