第37章 遊郭へ
「ちょいと白梅。用事を頼まれてくれるかい?」
「はい。女将さん」
基本は蕨姫花魁の世話役が仕事だが、小さな体でも弱音一つ吐かず延々と働く蛍は、京極屋の者達にも重宝された。
蕨姫花魁が客の相手をしている間、仕事を貰うことも少なくはない。
「通和散を買ってきてくれないかい。在庫が残り少なくてね」
「通和散、ですか」
「なんだい。知らないのかい?」
「いえ。大丈夫です。知っています」
銭の入ったちりめん小袋を渡され、両手で受け取りながら蛍ははっと頭を下げた。
柚霧として働いていた月房屋でも馴染みのあった商品だ。
一瞬、脳裏に浮かんだのは懐かしく思える東屋や松風の顔。
「売っている店は前に使いを頼んだ所と同じだよ。一人でも行けるね?」
「はい」
突如舞い降りた自由行動ではあるが、実際は自由ではない。
堕姫の帯を常に身に付けている蛍は、何処にいても基本は監視されている。
故に遊郭内の買い物程度なら堕姫も止めはしないのだ。
街中で天元の忍獣鼠と出会えても、不審な動きを見せれば帯自身が牙を剥くだろう。
(でも街の空気は感じられる)
そこに何かきっかけでもあれば。
小さな両手でしっかりとちりめん小袋を抱きしめると、蛍はすぐさま支度へと向かった。
「──店主さん」
「おや。これはまた別嬪なお遣いが来たなぁ」
「通和散をくださいな」
「あいよ」
吉原で人々が活気付くのはいつも夜である。
故に夜を活動時間とする禿の仕事は蛍の肌にも合っていた。
紫外線対策のある衣類や、杏ノ陽に守ってもらわずとも身軽に動くことができる。
花魁として荻本屋で働いていた時程の知名度は当然ないが、少女ながらも目を見張る容姿を持つ白梅は何度か足を運ぶ場所では憶えてもらえた。