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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



「何それ。そんなくだらないことで悩んでんの?」


 鮮やかな紅を差した唇から漏れたのは、呆れを催す溜息。


「何も感じないなんて当然でしょ。なんでどうでもいい客の生死にわざわざ気を配らなきゃいけないわけ。それも相手は人間。アタシ達にとって餌でしかない生き物なのに」


 淡々と冷たい言葉を吐き続ける堕姫に、蛍は言いたい言葉はあれど言えずにいた。
 それは上弦の鬼に昇り詰める程に、堕姫が人を平気で喰らう鬼だからだ。
 悪鬼と呼ばれることに後悔も何も感じていないからだ。
 と言いたくとも、堕姫と同じに何も生み出さない感情を抱いている時点で何も言えない。


「アタシにはお兄ちゃんがいればいいの。ずっとそうして二人で生きてきたんだから。お兄ちゃんに比べれば他の男なんて皆、有象無象よ」


 続く堕姫の思いに、俯いていた蛍の視線が上がる。


「望むのはアタシとお兄ちゃんの幸せだけ。それ以外は全部二の次。他の男がそこにつけ入る隙なんてない」

「…二人で生きてきたって…鬼になってから、ですか?」

「さぁ、どうかしらね。鬼になる前の記憶なんて残っちゃいないから。でもきっと人間の頃もアタシはお兄ちゃんの妹だった。それだけは誰にも教えられなくてもわかるわ」

「なんで…」

「そんなの決まってるじゃない」


 鏡の中に映る自分だけを見ていた堕姫の目が、鏡越しの蛍を捕える。


「アタシがお兄ちゃんの妹だから」


 明確な理由などない。
 それでも疑う余地もない表情(かお)で言い切った堕姫に、蛍は先程とは別の意味で言葉を失った。
 兄の妹である。その事実だけで全てを覚悟して生きている堕姫が、不思議と眩しく見えたからだ。

 初めて初詣の神社で出会った時と同じ。
 鬼でありながら、人を喰らっていながら、それでも妓夫太郎と堕姫の間には、彼らなりの繋がりが感じ取れていた。
 それは炭治郎と禰豆子のように、二人だからこそ生まれた絆のように。

 
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