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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



『ねぇ、あれ…』

『頭と体が泣き別れになってたらしいよ』

『ええ…怖いねぇ』


 鬼の聴覚であるのは蛍も同じこと。
 こそこそと窓の外を見下ろして噂する禿達の声は、その耳に届いていた。
 その内容に、そういえば今夜はあの正一の遺体を供養する日だったと思い出す。

 柚霧の死は隠されているが、正一は一般客の為にその死を伏せることはできなかった。
 故に警察による検死も身辺調査もされた。
 勿論それを警察が口外するはずもないが、吉原遊郭は外とは隔絶された街。
 噂も情報も簡単に飛び交う。
 散々たる正一の死は、幼い禿にさえ伝わってしまっていた。


(そうか…今日は、)


 調査の全てが終わり、和尚を呼んでの供養が行われたのだろう。
 改めて正一の死を感じるも、胸の内にぽっかりとある空洞に蛍は沈黙を作った。

 何も感じないのだ。

 あまりにも呆気ない死だったからかと問われれば、違う。
 そんな死は鬼殺隊として日々を送る中でも見て来た。
 無関係な一般人でも、同胞と呼べる鬼殺隊士でも、言葉を交わした相手でなくとも胸は締め付けられた。
 当然だ、その者達の世界を守る為に鬼殺隊に身を置いていたのだから。

 それも今は変わらないはず。
 なのに正一だけに対しては、その死を嘆く気持ちも守れなかった後悔も何も感じなかった。
 穏やかと言うにも違う、感情の起伏は一つもなく、ただぽっかりと空洞のような無が胸の内にあるのみ。


(…私が鬼だから、なのかな)


 それは正一への嫌悪感がそうさせるのか。
 それとも無限列車、ぽっかりと空いたままの心が鬼として変わりつつあるのか。

 自然と視線が畳へと落ちれば、ゆらりと視界の端で躑躅色の布が揺れた。


「手が止まってるわよ」


 はっとする。
 声は堕姫からではなく、その帯から届いた。
 見れば躑躅色の鮮やかな帯に、ぎょろりと浮かぶ二つの目玉。分厚い唇。
 ただの帯の布に目と口が浮かぶ様は、目に焼き付くような強烈さと不気味さを持ち合わせていた。

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