第37章 遊郭へ
「なに他の禿とコソコソしてんだい。アタシに不満でもあるの」
「そんなことは」
「しらばっくれるんじゃないよ。全部聞こえているんだからね」
蕨姫花魁の髪を後ろから結い上げていた白梅の手が一度、止まる。
その言葉は単なる脅しでない。
言う通りの"筒抜け状態"であることを白梅もまた理解していた。
白梅──その名を付けられた少女は、鬼である蛍だ。
蕨姫花魁──上弦の陸・堕姫に命じられるまま容姿端麗な幼子へと擬態を変え、禿として京極屋で働いている。
手始めに渡されたのは、堕姫が常に身に付けている鮮やかな躑躅色の帯の切れ端だった。
切れ端にしても十分帯として活用できる伸縮性を持ち、何より堕姫の血鬼術そのものである帯は本人と意識を繋げている。
故にそれを身に付けることは事実上、堕姫の監視下に身を置くことと変わらなかった。
その為に、天元が預けていった忍獣である鼠とも連絡は取れず、事実上蛍は孤立していた。
『お兄ちゃんは手出ししないでよ。アタシにだってちゃんと考えはあるんだから』
蛍を蕨姫花魁の禿とする為に、堕姫は手始めに帯の中に隠していた女性の亡骸を使って柚霧の偽物の遺体を作り上げた。
頸を跳ねた正一の死体と共に並べれば、まるで愛憎の末に起こった無理心中のような図へと変わる。
そうして荻本屋の柚霧は店側では死を決定づけられ、表向きは病気で床に伏せていることにされた。
天女のような美しさだと世間を騒がせた花魁が、見るも無残な死を遂げたとあっては荻本屋にも傷が付く。
最悪客の足が遠のいては堪らないと、尤もらしい対策だったとも言えよう。
華やかな街である遊郭の裏側は、命が軽く消えていく世界なのだ。