第37章 遊郭へ
それでも幼い瞳は心配そうに白梅を追っている。
何故なら庇ってくれたその背中もまた、変わらぬ小柄な少女のものだからだ。
白梅。
そう蕨姫花魁が呼ぶ少女は、唐突にこの京極屋へとやって来た。
聞けば蕨姫花魁が自分で見初めた禿だという。
だというのに当たりは変わらず他の禿と同じに強く、顔を見せた初日にも蕨姫花魁のきつい平手打ちを喰らっていた。
それでも白梅は次の日にはけろりとした顔で、傷跡一つない艶やかな肌をさせていたのだ。
美しいものに異常な拘りを見せる蕨姫花魁だけのことはあるのか、白梅もまたとても美しい容姿をしていた。
幼子でありながらもはっと目を見張るような目鼻立ちで、その肌の白さと血色の良い頬色から白梅とでも名付けられたのではないか。と噂された程だ。
「ご…ごめんね、白梅ちゃん…」
てきぱきと蕨姫花魁の支度を続ける白梅に、恐る恐ると声をかける。
蚊の鳴くような小さな声にも関わらず、すぐに謝罪を拾い上げた白梅は振り返るとやんわりと笑みを返した。
「ううん。簪ね、箪笥の裏に転がっていたの。見つけられなかったのは仕方ないよ」
顔を近付け、こそこそと内緒話をするように告げる。
「姐さんもうっかり屋なんだから」
悪戯っ子のように笑う白梅には清々しい程の潔さがある。
だからついつられてくすりと笑ってしまうのか。
「白梅っ」
「はい」
まるで背中に目があるように、じろりと視線一つで圧をかける蕨姫花魁へとぱっと向き直る。
それでも背中でひらひらと手を振ってくれる白梅に、少女は二度目の脱力で肩を下げた。
京極屋は厳しい。
蕨姫花魁の身の回りの世話となれば一層のこと。
それでも新しく禿となった白梅が何かとあれば花魁の視線を奪う為に、その恐怖も日々薄れていくように感じた。
ほっと胸を撫で下ろしたのは少女一人だけではない。
周りを取り巻く他の禿達も、ようやくと己の仕事へ戻っていった。