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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



❉  ❉  ❉

『急いでっ蕨姫花魁のご支度だよ…!』

『お茶請けはっ?』

『お着物ここに置いて!』

『肉色のおしろいも用意しておかないとッ』


 京極屋の一番北側にある部屋。
 陽の当たらないそこには、この店で一番美しい花魁がいる。
 同時に性格にも強い癖があり、身の回りの世話をする禿達はいつも神経をひり付かせていた。


「お前」


 鏡の前に座っていた花魁が、ゆらりと顔を捻り振り返る。
 呼ばれた禿は一人だというのに、びくりと他の禿達も足を止めた。
 止めざる終えない程の威圧が、その一言には込めてある。


「アタシの簪はどうしたの」

「ぇ…あ、」

「梅の花の飾りがついた簪だよ。説明しなきゃわからないのかい?」

「す、すぐに準備します…!」


 鋭い視線が圧を重ねる。
 幼い少女にとっては身も竦むような鋭さだ。
 それでも震える手足に鞭打ち化粧箪笥に向かうも、目的の簪は見つからない。


「ぁ…あれ…っ」

「何をぐずぐずしてるんだ。さっさと持って来な」

「そ、それが…ここにあった、と…思っ…」

「は?」


 かたかたと震える唇を噛み締め、どうにか現状を伝えようとする。禿のその言葉は花魁には逆効果だった。

 梅の花の簪。
 どんなに高価な贈り物を貰っても、感謝はその場凌ぎで鼻にもかけない。そんな花魁が唯一大事にしている簪だ。
 誰に貰ったものか、禿達も、他の遊女達も知らない。
 見た目には特別なものでもない、ただの小さな白い梅の花がついた簪。
 それを蕨姫花魁は客間に出る時は必ず身に付けていた。


「あんた…まさかアタシの簪を失くした訳じゃないだろうね」


 ただでさえ堪忍袋の緒が短い蕨姫花魁にとって、あの簪は地雷でしかない。
 頸を傾げるように捻ったままゆらりと立ち上がる彼女に、ひっと誰かの短い悲鳴が漏れた。


「そ、そんな…こと、は…ッ」

「聞こえないよ、そんなドブ鼠みたいな声じゃ。アタシの簪はどこだって?」

「こ、この…箪笥の、中に…」

「あるならさっさと寄越しな」

「それ…が…」

「それが?」


 音も無く滑るように畳を歩む。
 ねめつけるような鋭い視線はそのままに、青褪めた禿の前を蕨姫花魁が立ち塞いだ。

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