第37章 遊郭へ
「そうなのかい? そりゃ初耳だ」
「大々的には宣伝してないからねぇ」
「ってことは、具合でも悪くしてんのかね」
「…まぁ、そんなところさ。女郎は体が資本だからね。ただ長引く症状なもんで、無期限の休養を取らせてる。悪いね、旦那。柚霧には会わせらんないよ」
「そうか…そりゃ残念だ」
取り繕うように肩を竦めて笑顔を返しながら、内心天元の思考は目まぐるしく回っていた。
女の本音は心音を聴けば凡そわかる。
今口にしたことはほとんどが嘘だ。
ただ柚霧に会わせられないことだけは確かだった。
(蛍の身に何かあったってことか?)
目を離したのはほんの数日だ。
その間に蛍が遊女をやれない程の理由ができたのだ。
一体それはなんなのか。
残りの善逸を禿として売りさばくことよりも重要な事態が起きてしまった。
「猪子。荻本屋には手本となる柚霧花魁がいると思って安心していたが、そうも言ってられなくなった。一人でも頑張ってこいよ」
伊之助達には、前以って三人の宇随家の嫁のこと。そして蛍のことも話してある。
特に蛍は三人も面識がある者だ。
「一人でも」を殊更ゆっくり強調して伝えれば、伊之助は何も言いはしなかったが強く唇を結び直し頷いた。
荻本屋にいるはずの蛍もまた、須磨達同様、捜すべき対象になった可能性がある。
最悪、彼女もまた消息不明となってしまっていたら。
(これはいよいよ早急に進める必要があるな)
鬼殺隊士だけでなく鬼すらも喰われている。
この吉原遊郭に潜む"何か"に。
「達者でなぁ、猪子」
ひらひらと片手を振り笑顔で伊之助を見送る。
女と共にその姿が人混みに紛れると、天元は静かに貼り付けていた笑顔を落とした。
「柚霧花魁って…まさか蛍ちゃんじゃ」
「善逸」
「え?」
笑顔の落ちた先にあるのは、鋭い視線を数多の人々に向ける柱の顔だった。
「急ぐぞ。時間がねぇ」