第37章 遊郭へ
伊之助は見た目こそ女顔負けの美形だが、声は三人の中で誰よりも野太く、低い。
尚且つ、炭治郎や善逸のように裏声を使って誤魔化すという方法も苦手だ。
だからこそ女装をしている間は声を出さないようにきつく天元に忠告されていた。
基本的には我が道を行く伊之助だが、山の中で育った野生児であるからこそ相手の実力もわかる。
天元は己がまだ超えられない力量の持ち主だとわかっているからこそ、沈黙を貫いたまま大人しく荻本屋の女へと足を向けた。
「アタシの目が確かなら、アンタはきっと良い女郎になる。いいかい、あの鯉夏をよく見ておきな。あれがアンタの超える壁だ」
しゃなりしゃなりと優美に進む鯉夏花魁の道中姿を、女が伊之助に示す。
しかし幸か不幸か、伊之助にはその重大さなど欠片程も理解できていないだろう。
頸を傾げながらも唇をぴたりと閉じている伊之助よりも、女が告げた内容に天元は耳を傾けた。
「荻本屋さん」
「なんだい。今更売らないなんて聞き入れないよ」
「いや、それは問題じゃない。それより…花魁なら、荻本屋さんにも確かいたよなぁ。花形の。名前はなんて言ったっけ…ああ、柚霧だ」
名前など思い出す素振りを見せずとも知っている。
それでも敢えて偶然を装い話題を切り出した天元に、女はぴたりとつり上がっていた口角を止めた。
そのまま伊之助のように沈黙を作る女に、天元の余所行きの笑顔にも変化が生まれる。
「天女のような美貌を持つって聞いたぜ。その花魁はまだ見受けされてねぇのかい? ならぜひ一度お目にかかりたいもんだ」
女の反応は良いものではなかった。
もしや早々と身請けしようとする男でも現れたのか。
一抹の不安が過ったが、柚霧は腕の立つ遊女だ。
男に買い取られない方法の一つや二つ、心得ているだろう。
「どうだろう。猪子も二束三文で売る代わりに、一目だけでも」
笑顔でゆるりと催促を重ねる天元に、ようやく女の表情が動き出す。
ただし先程までの強気な雰囲気は消えて、素っ気なく目線を逸らしただけだった。
「…柚霧なら今は休業中だよ」