第37章 遊郭へ
怪訝そうにも心配そうにも覗き込む妹に、妓夫太郎の視線もゆらりと戻る。
「ん。何も問題はねぇからなぁ。お前はそのままでいい」
「何よ…当たり前でしょっ」
蛍の頬にあかぎれを残した無骨な手は、堕姫へと向くと途端に優しい仕草で頭を撫でる。
不服そうにも嬉しそうにも取れる顔でふんっと鼻を鳴らす堕姫を見る目は、初詣に蛍が見たあの目と同じだ。
愛おしい妹を見る、兄そのものの目。
「それで、男慣れもしていない鬼がこんな所に飯を喰らいに来るとはなぁ」
その目が蛍へと向けば、途端に空気を変える。
ぴりぴりと肌に感じる圧をそのままに、蛍は自然と着物の胸元を託し掴んでいた。
「見つけちまったモンは仕方がねぇ。見逃す訳にはいかねぇからなぁ」
「なんでそんなにその鬼に構うのよっ? 気に入らないなら殺せばいいじゃない。今までだってそうしてきたんだから」
「全部が全部そうじゃねぇだろ。こいつは客じゃねぇ、それなりに客のつく花魁だ。客諸共心中なんて噂が流れりゃあ、遊郭(ここ)自体に寄り付く人間が減っちまう。オレらの餌がなぁ」
「……」
妓夫太郎の言い分は堕姫にも理解できた。
それでも不満は残る。
心中だとわからなくすればいいのだ、面倒だが二人で駆け落ちしたとでも工作すればそんな噂は広まらないというのに。
「…わかったわよ。ただしアタシにも条件があるわ」
妓夫太郎が蛍に何かしら意図的な思考を働かせているのは堕姫にも気付いていた。
それでも多くは語らず自分一人で物事を進めようとするところは、兄故の姿勢でもある。
妹である自分を思ってくれている。
兄の不器用な優しさを知っているからこそ、他者には暴虐武人な態度を取る堕姫も渋々とでも呑み込んだ。
「そいつはアタシに任せて頂戴。お兄ちゃんが手を煩わせる程でもないわ」
「…殺すんじゃねぇぞぉ?」
「わかってるわよ。そこまでバカじゃないんだからっ」
しげしげと目でも訴えて見てくる兄を一蹴し、からりと高下駄を鳴らして堕姫が蛍の前に立つ。