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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



「何?…ああ、こいつのこと? 醜男に興味はないんだけど、生かす理由もなかったから殺しただけよ」


 未だ汚らしいものを見るように頸のない正一の体を見下ろすと、すぐに女の威圧は蛍へと向いた。


「それよりあんたみたいな女が花魁なんて、とんだお笑い草ね。鬼の癖に、こんなただの醜男をあしらうこともできないなんて。それとも何、そういう嗜好でもあるの」

「ッそんなこと…!」


 容赦ない女の責めに、蛍の感情が先に動いた。
 怖気づきたくてしているのではない。
 抗いたくても抗えなかった。
 鬼にまでなって力を身に付けたというのに、この爪も牙も役に立たなかったのだ。
 そんな自分が情けない。
 「そんなこと」なんて、目の前の女からすればただの言い訳にしかならないのだ。

 歯を食い縛り押し黙る。蛍のその様子を見下ろしていた女は、形のいい眉を片方上げるとつまらなさそうに溜息をついた。


「全く…無駄足だったのは確かなようね。どんなに美しくても鬼相手じゃ非常食にもなりゃしない。さっさと出ていきな」


 女にとっての価値基準は美しさのみ。
 それがある故に見逃してやると言わんばかりに、蛍を冷たく見下げる。


「じゃなきゃ今此処で殺すわよ」


 【陸】の字が刻まれた目がぎょりろと殺気を含んだ。




「まあ待てぇ」




 張り詰める空気が途端に変わる。
 女の殺気を断ち切ったのは、枯れたような掠れた声だった。
 男と思われる声は、新たな誰かの出現を意味している。
 しかし血に塗れた部屋には、遊女として着飾る二匹の鬼しかいない。


「そいつには手ぇ出すなぁ。確かめてぇことがある」

「お兄ちゃんっ? なに言って…!」


 未だに座り込んだまま、蛍は目の前の光景を疑った。
 立っているのは今も変わらず女鬼だけだ。
 なのにそこから二つの声がする。

 紅を引いた口から聞こえる、甲高い女の声と、掠れた男の声。
 一つの体の中で二つの意思がぶつかるように声をかけ合っているのだ。


(な…何…? この、鬼…)


 急な正一の死と、上弦の鬼の出現、そして異様な二つの声。
 理解が追い付かない展開に頭を動かすことだけで必死だった蛍は、微かな糸口を掴んだ。

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