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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



 蛍は唖然と呆けたままだった。
 降り注いだ正一の血で顔を真っ赤に染めたまま、ゆっくりと視線を上げる。
 高下駄の上には細い女の脚。黒く塗られたペディキュアに、黒色と躑躅色を基調としたレースの爪先がない長靴下を履いている。
 その上には衣類らしきものを着用せず、同じ黒と躑躅の下着のような薄い布だけを腰と胸に身に付けている。
 本来ならば痴女とも呼べる恰好だが、女は堂々とした姿で立っていた。

 何より目を惹いたのは、肌の上から腹部に巻かれた鮮やかな帯。
 躑躅色の帯には蜘蛛の巣のような模様と、その上を飛び交う蝶の絵が刺繍されていた。

 物珍しい模様をした帯だから目を惹いたのではない。
 その帯がまるで生き物のように宙に浮いていたからだ。
 女の背後で四方へと伸びてはするすると滑らかに揺れる様は、まるで命を宿した異物のようだった。

 そして乾いた音と共に正一の頭部を切り捨てたのは、あの帯の先だ。
 一瞬のことでも確かに蛍の目は捉えていた。
 血の付着した帯の先を、汚らわしいものを払うように振った様を。


「ふぅん。あんたが柚霧ね」


 女は美しい顔をしていた。
 天女と謳われている柚霧の顔とはまた違う、目鼻立ちのはっきりした強い意志を思わせる顔立ち。
 後ろで一つにまとめて下ろしている黒いしなやかな髪には、扇状の簪が幾つも飾られている。
 睫毛の長い目尻に差し入れた紅も然り。化粧や髪飾りの類は、遊女を思わせるものだ。


「絶世の美女だと噂を聞いて来てみれば、あんた…鬼じゃないの」


 告げる女の目がす、と細まる。
 落胆したと言いたげな捨て台詞と共に、女の瞳が暗いものから鮮やかな若緑色(わかみどりいろ)へと変わっていく。
 同時に瞳孔に浮かび上がる文字に、蛍は息を呑んだ。


「その様子だと、此処がアタシの縄張りだって知らずに来たようね」


 【上弦】【陸】の字が刻まれた両目。
 紅の乗る唇の隙間から覗く鋭い犬歯。
 その滲む威圧感からも、女がただの鬼ではないことを告げている。

 上弦の陸の鬼。
 童磨とまではいかないものの、童磨と同じ立場に入る鬼である。


「な…ん、で」


 ただの屍と化した正一の体を乗せたまま横たわる蛍が、ようやく口にできたのは疑問だった。

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