第37章 遊郭へ
見た目は申し分ない、寧ろお釣りがくる程の女だ。
荻本屋の女将は返事一つで柚霧を迎え入れた。
水揚げするには若さが足りないが、それでも十分話題にはなる。
この美貌なら鯉夏花魁や蕨姫花魁にも匹敵するかもしれない。
ようやく荻本屋の花道が拓ける。
柚霧自身が、どうしても張見世ではなく個室で客一人一人と対面したいと懇願したこともあるが、女将自身の意向もあり初日から敢えて顔出しはせずに客を取らせた。
それが功を得た。
顔が大っぴらにされていないからこそ噂は噂を呼び、男達の足を向けさせ財布の紐を緩ませる。
柚霧はその美貌だけでなく接客のいろはも心得ており、初日から一人で十分に客を回して見せた。
それだけでも大物を釣った気分でいるのに、蓋を開けばこの性格だ。
華奢な体にしては若い男並みに体力があり、新米だからと雑務も率先してこなす。
遊女の経験があるのか細かなことにもよく気付き、高飛車にならず配慮するものだから荻本屋の他の遊女とも温和な関係を保っている。
容姿とのギャップさえ感じる潔い性格には毒気を抜かれ、手厳しいことをよく口にする女将も苦笑を返すばかりになっていた。
総じて荻本屋に新しい風を吹かせた柚霧という遊女は、胸に温かな隙間を与えながら茶トラ猫を夢見る、なんとも天真爛漫な女だった。
「柚霧姐さんっ」
「姐さん小太郎になったらダメっ」
「キクちゃん。ハルちゃん。ご飯食べ終わったの?」
そこへ軽やかな足音が二つ、柚霧の禿である幼い少女が二人飛び込んでくる。
柚霧の袖を握って「姐さん姐さん」と呼ぶ様は、それこそ懐く仔猫のようだ。
「じゃあお店の準備、二人にもしてもらおうかな」
「はぁい」
「姐さん、小太郎は男の子だよ。姐さんは女の子だからね」
「おお…本当だ。でも小太郎になったら好きなだけ寝られるんだよ」
二人に視線を合わせるように腰を落として、やんわりと笑う。
「太陽の下で、ね」
どこか影を落とすような儚げな笑みは、空気を一変する。
人には読み取れないような感情を奥に染めて笑う姿は、儚くとも深い。
そんな彼女を、誰からともなく天女の化身と呼ぶようになったのだろう。