第36章 鬼喰い
それに。
(義勇さんには容赦ないけど、口も悪いし態度も荒いけど。…でも、目は向けられなくても。その目で見ることはできる)
あの唯一残された弟を、見るだけの目は持っている人だ。
「……」
「なんだァ、まだしつこくあいつの名前出すなら容赦しねェぞ」
じっと狐面の奥からその目を見る。
小さな穴から覗く視線が手に取るようにわかるのか、実弥は鬱陶しそうな顔をして蛍の視線を払った。
柱にまで昇り詰めた男だ。
肉親である弟の些細な心の欠片を拾うだけの目は、きっと持っているはずだ。
それ以上のあり余る精神力で、己を律しているだけで。
「…知らないことは、怖いから」
「あ? なんだァ藪から棒に」
「だから、不死川にも知っていて欲しい。今は、見えなくても」
いつか見ることができるようになる時まで。
「本当になんだよ…」
鬱陶しそうな表情を一転。まじまじと見て来る実弥の珍しい顔に、蛍も狐面の下で少しだけ口角を緩める。
自分の知らない過去に生まれた、深い深い溝のある兄弟。
その間を自分が取り持つなどと、大それたことは言わない。
ただ、兄弟を辛うじて繋いでいる細いその糸に、触れる機会があったなら。
その時は図々しくとも、お節介焼きにでもなれたらと思った。
知らないことは怖い。
触れて、知って、感じて初めて、人は心というものを持つことができるのだから。
「じゃあ、今度こそ出るね。夕日でもずっと此処に立ったままはしんどいし」
「…だったら夜まで休んでろ鬼風情が」
「考えておく」
ひらりと片手を振って、今度こそ背を向ける。
ゆっくりと歩き出す蛍の背を目で追うものの、実弥の手がもう伸びることはなかった。
影になっている塀の側を歩いていくところ、本当に夕日がしんどかったのだろうか。
最後まで狐面で顔を露わにしなかった蛍に、無意識に拳を握る。