第36章 鬼喰い
それでも──
「ありがとうって。玄弥くん。鉢植え、大切にするって言ってたよ」
「…別に、ンな大層なもんはやってねェ」
「物の価値じゃなくて、そこに寄せられた思いが嬉しかったんだよ。不死川だって、私が罰則として投げやりに作るおはぎより、藤の家の人が丹精込めて作ってくれたおはぎの方が嬉しいでしょ」
「お前、まだあの時潰したおはぎを恨んでんのか」
「もうそんな昔のこと、気にしてないよ」
あの目に焼き付いた玄弥の表情を伝えることはできなくても、あの時生まれた思いを無かったことにはしない。
絞り出したような玄弥の感謝を一句たりとも零さず伝えて、蛍は竹笠の縁を握った。
「それに今度私がおはぎを作ったら、不死川は食べてくれるでしょ」
米粒一つまで大事に口に運んでいた、昨夜の実弥の姿はまだ鮮明に憶えている。
嬉しがりはしないだろうが、今度はおはぎを握り潰し床に落とすことなどしないだろう。
それだけは不思議と確信できた。
「なんだァ、一丁前に」
一瞬動きを止めた鋭い眼孔から、勢いが削がれる。
は、と鼻で笑うように口角を引いて、実弥は顔を背けた。
「テメェ一人で来るならなァ。いっつも金魚のフンみてェに他の野郎をぞろぞろ連れて来やがって」
「他の野郎って…義勇さんだけで」
「ア?」
「いえなんでも」
実弥にとって義勇が地雷なことは十分察している。
元々の相性が悪いのか、実弥が毛嫌いしているのか、理由は定かではないが蛍もそこに固執する気はない。
下手に風柱の怒りを買って、その殺気の矛先がこちらに向くのはごめんだ。