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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第36章 鬼喰い



 はっきりとは断言していない。
 明確なことも話していない。
 だがそれで十分だった。

 誰より兄を信じて鬼殺隊(ここ)まで来た弟が、気付かないはずがないのだ。

 同じに妹だったからこそ、玄弥の感情がわかる。
 同じに義理姉だからこそ、実弥の思いもわかる。

 例え間接的なものでも、玄弥の背を支えてくれるものになれば。少しでも前を見るきっかけになれば。

 この場所は、死が常に隣り合わせにあるものだから。


(それは…言わなくて、いい)


 狐面の下で、静かに唇を強く結ぶ。
 他人に感情を押し付けたい訳ではない。
 ただ、確かに存在した実弥の思いの形を、無かったことにはしたくなかっただけだ。


「お前まさか俺の名前を出した訳じゃねェだろうなァ」

「出してない。だから玄弥くんも、私に礼を伝えるように頼んだんだと思う」


 名前は出していない。本当だ。
 玄弥が蛍に礼を頼んだことも間違っていない。





『その…ありがとうって、伝えてくんねぇかな…大事にするって』





 じんわりと感情を噛み締めるように告げる玄弥の表情(かお)が、ほんの少し泣きそうにはにかんだことは別として。


(あんな顔をさせるくらい、不死川は玄弥くんにとって"家族"なんだよ)


 本当に言いたいことは喉の手前で呑み込む。
 そんなことは誰よりこの兄弟が知っているはずだ。
 だからこそ別の道を歩もうとする兄の気持ちも、千寿郎に手紙を返せないでいる今ならわかる。

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