第36章 鬼喰い
以前は、妹だからこそ。同じである弟の気持ちがよくわかると思っていた。
だが今は、知ってしまった。
「姉上」と親しみを込めて呼んでくれる、幼さがほんの少し香る声の愛おしさを。
向けられる慕う瞳から届く、敬意とも愛情とも一言では語れない思いが入り混じる心地良さを。
欲や忖度のない、ひたすらに無償で手を差し伸べたくなる、あの無垢な存在を持つことの喜びを。
『…男の人だった』
『え?』
『成人した、男の人。体に、鬼殺の名残りの跡をいくつも持っている人。口が乱暴で。目つきが鋭くて。己が信念がすごく強い』
『あ、この鉢をくれた人のことか? へぇ…ってことは同じ鬼殺隊の人なのか』
『弟が、盆栽を好んでいると知っているから。だから、手に取ったんだろうって。それを見ていた子が言っていた』
『弟…?』
『いつもは空気を張り詰めたように隙のない人なのに。弟のことを話す時、目が、声が、空気が、柔くなるからって。兄弟を大事にしている人なんだろうって。あの子が言っていた』
『ま、待て待て蛍。あの子って誰だ? この鉢を託してくれた人か? 説明が所々途切れてるからよくわかんねぇんだけど…』
気付けば口に出していた。
そんなことを話そうと思って開いた口じゃない。
それでも思考を回すより、体が動いていたのだ。
『というか、この鉢植えを譲ってくれた人も検討が』
『誰よりも強い、風の呼吸の使い手』
ぴたりと玄弥の表情が止まる。
沈黙を凍らせないようにと紡いでいた、軽やかな声も止まる。
三白眼がより驚きに満ち、一瞬、呼吸を止めた。
『…っ……は…?』
ようやくその気道が空気を食んだ時、ぶわりと玄弥の顔に時間を舞い戻した。
狼狽え、戸惑い、焦りを見せながらも、手の甲で押さえる口元が緩む。
微かに震える声は、確かに隠しきれない感情を滲ませていた。
妹だったからこそ、蛍にもわかる。どうしようもなく堪えきれない、その感情を。