第36章 鬼喰い
岩柱である行冥からは「玄弥が盆栽鉢を彩千代蛍から頂いた」としか聞かなかった。
それだけで千寿郎から受け継いだあの鉢植えであることは実弥には想像が容易かったし、十中八九それでしかない。
故に思わず湯呑みを破壊してしまったが、元は実弥が購入した鉢植えだということは行冥も知らなかった。
だからこそ玄弥の受け取った時の反応までは聞いていない。
喜べるだけの物を選べたのかと、無意識にほっとする。
「よかった、ね?」
「いやよくねェわ。ンで勝手に渡してんだって言ってんだよ」
そんな実弥に向けられていた狐面が、軽く横に傾く。
思わず反射で否定する実弥を、狐の目の奥の緋色がじっと捉えていた。
『盆栽鉢?』
『…とある人が、買ったものだって』
『とある人?って誰だよ』
塞ぎ込んでいた蝶屋敷を出て、再び鬼殺隊の任に就くようになった。
眠ることも休むこともせず、ただひたすらに走り続けていた蛍の鬼の足は、日本全土を駆け巡る。
それだけの規模を成せば、任務中の玄弥に出くわすことも不思議ではない。
以前よりも口数の少なくなっていた蛍だからか、玄弥の方から積極的に声をかけた。
ふと千寿郎からの頼み事を思い出した蛍が、例の鉢植えを差し出したのは自然な流れだ。
『これ、すげぇ造りがしっかりしてるな。その目利きがある人が選んだものなのか?』
『…さぁ』
『さぁって。知り合いじゃないのかよ』
どちらかと言えば、以前は蛍の方が玄弥に歩み寄り言葉を交わしていた。
その足が覚束なくなった理由をなんとなく察していた玄弥は、沈黙ができても決して嫌な顔はしなかった。
ただ少し、ぎこちなく鼻の上を横切る傷跡を指の腹で擦る。
あー、と曖昧に息を零しながらも、多くを語らない蛍の隣から離れはしなかった。
『誰であれ、これだけのモンを他人のオレにくれるなんて、優しい人なんだな』
両手で握る鉢植えに向ける、三白眼の目。
本来なら冷たい印象に映る、その目が柔む。