第36章 鬼喰い
行動は無意識のもので本意ではない。
力を緩めると、仕方なくと腕の拘束を解いた。
「じゃあ行くから」
「待てお前」
「何?」
「っ…あの鉢、玄弥にやりやがっただろ」
だからと言ってこのまま曖昧に断ち切られるのも不本意だ。
舌打ちをする代わりに、咄嗟に実弥の口から飛び出したのは弟の話題だった。
「あの鉢?…ああ、」
思い当たる節があるのか、蛍も少し狐面の鼻先を上げる。
盆栽用の鉢植え。
以前、杏寿郎の故郷である駒澤村で、実弥が購入したものだ。
杏寿郎の弟である千寿郎の真っ直ぐな思いに感化され、つい手に取ってしまった。
盆栽が趣味である、弟の玄弥の為に。
それでも現状、兄である事実を否定し続けている仲だ。自分の手から渡すことはできない。
結局手持無沙汰に駒澤村を去る際に、鉢植えは千寿郎へと押し付けた。
その鉢植えは意図を汲んだ千寿郎により蛍へと託され、更には玄弥へと届いてしまったと知った時、盛大に握っていた湯呑みを潰し割ってしまった実弥のことを知っているのは悲鳴嶼行冥ただ一人である。
「千くんに頼まれたの。折角購入されたんだから、不死川さんに返して欲しいって。それは千くんの純粋な優しさなだけで、私も言われた通り不死川さん宛に届けただけ」
「不死川違いだ阿呆がァ」
それが故意的な間違えだとわかっているから、尚の事腹立たしい。
「いいじゃない。喜んでたんだから」
「よ…っ……ろこんで、たのか」
「とても」
予想外の返答に、思わず怒りのボルテージが下がる。
時間稼ぎに出した話題は、思わぬ効果を実弥に発揮した。
反射で掴みそうになった蛍の襟首を、寸でのところで止める。
「持ってない形だって、嬉しそうに見てたよ。購入した人にお礼を言っておいてくれとも言われた。不死川は聞きたくないだろうけど」
「……そうかよォ」
見知らぬ相手に礼を言える、義理堅い弟だ。
あの成長した姿で嬉しそうに告げる姿を想像したら、つい口元が緩みそうになった。
ただし目の前には顔の見えない狐面の鬼。すぐに口元を引き締めて、蛍から顔を逸らす。