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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第36章 鬼喰い



「そんなに気にしなくたって、私は早々死なないし。死に急ぐつもりもない。伊黒さんの言う通り、すべきことがあるから」

「誰がテメェの心配なんざ」

「してないの? なら構う必要ないよね。放っておいて下さい」

「……」


 そうだと認めれば、蛍はこんな腕の拘束などあっさり振り払って去っていくだろう。
 だからと言って、心配しているなどと認めたくはない。

 そうだ。心配はしていない。
 鬼である蛍が、あっさり死ぬとも思えない。
 何より憎々しげに世界を睨んでいるその目が、死に際など欠片も匂わせていない。

 では何故。と自問自答すれば、いつも脳裏に過るのは一つの光景だ。

 煤汚れた風鈴。色褪せた畳。
 最低限のものしか揃っていない質素な部屋で、異質な程に目に映える赤い布団。

 それと同じに真っ赤な着物に身を包んだ、金魚のような女が一人。





『…お久しぶりです、ね』





 暗い闇を抱えたような瞳は、鮮やかな今の緋色の瞳とは似ても似つかない。
 無防備に肩や足を着物の隙間から曝け出し、実弥を見上げて実弥を見ずに、女は言葉を紡いでいた。

 初めて蛍の影鬼に呑まれて、垣間見た柚霧であった頃の過去だ。
 身売りをする小さな部屋で、男に組み敷かれていた。

 つい今し方、乱暴に柚霧の頸を締めた男だ。
 そんな男に体を許す暗い瞳は、朧気に小さな窓の外を見上げたままだった。
 盛る男の姿など見えないような表情(かお)で、手を伸ばしても届かない夕空を仰いだ女がはくりと息をつく。

 紅を乗せた唇が、音を成さずに形作った言葉。
 体を弄ることに夢中な男は気付かない。
 しかしその一部始終を目の当たりにしていた実弥だけが、女の声無き声を拾っていた。










『 たすけて 』










 あの時、確かに金魚は人だった。
 瞬くような一瞬だけだったが、確かに弱くも灯る感情の欠片を零していた。

 届きもしない、外の世界に向けて。

 その瞬間、無意識に踏み出し握っていた竹刀を振るっていた。
 女を食いものにする男の体目掛けて、躊躇なく振り下ろしていたのだ。

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