第36章 鬼喰い
──夕暮れ時。
カァカァと遠くで聞こえる鴉の声。
鎹鴉とは違う、ただの野鳥の声だろう。
布団の中に体を横たえたまま、蛍は静かに耳を澄ませていた。
陽がゆっくりと落ちていく。
人間であれば寝床に帰る頃合いだ。
それを証明付けるかのように、昼間よりも外の賑やかさは徐々に音を薄めていった。
「すぅ…すぅ…」
落ち着いた静寂の中でも、常に一定のリズムで聴こえる微かな寝息。
顔を横に向けなくても、それが誰のものか知っている。
瞑っていた目を静かに開けて、薄暗い部屋の中でも見える桜餅色の鮮やかな髪を見つめた。
小芭内に続くように入浴に向かった蜜璃は、その後言葉通りに蛍と同じ部屋で就寝をした。
鬼殺隊にとって昼間は貴重な休息時間だ。
それは柱も変わりなく、何十人分であろうかという程の料理を華奢に腹に詰めた後、蜜璃は瞬く間に眠りに落ちた。
いつかに柱達と炎柱邸で行った怪談話。
そこでも聞いた穏やかな寝息は、彼女が何も変わっていないことを感じさせてくれる。
「……」
蜜璃は何も変わらない。
変わってしまったのは自分の方だ。
あの時は杏寿郎と義勇に促されるまま、布団の中で丸まれば眠りにつくことができた。
しかし今は、どんなに目を閉じ口を閉じ眠りの姿勢に入っても、脳は寝入ることがない。
常に遠くの物音でも耳は拾い、意識の外で把握する。
心はここに在らずであるのに、体はいつでも動ける状態で息衝いている。
鬼は本来、睡眠を必要としない。
禰豆子も然り、今まで眠ることができていた自分が異端だったのだ。
隣の布団でむにゃむにゃと寝言のような吐息をつく蜜璃を見つめながら、蛍は音のない息をついた。
無限列車任務後、鬼殺隊本部を出てからというもの我武者羅に走り続けてきた。
休息らしい休息もほとんど取らず、汗と血と泥に塗れながら鬼を滅してきた。
瞬く暇すら惜しい。
少しでも多くの悪鬼をこの手で減らすことを第一とした。
その反動か。眠りもできないこの体を、ただ一定の場所に留めておくだけの行為が心を焦燥させる。
こんな所で、こんなことをしていていいのか。