第36章 鬼喰い
「伊黒さん…」
沈黙を貫く蛍。
鏑丸を肩に乗せたまま、冷静に場を見極める実弥。
そわそわと不安そうに小芭内を見送っていた蜜璃だけが、きゅっと下唇を噛んだ。
「蛍ちゃん…伊黒さんね、口ではああ言うけれど…何も感じていない訳じゃ、ないのよ」
蜜璃が杏寿郎の訃報を聞いたのは、丁度任務帰りに立ち寄った小さな村で茶を嗜んでいた時だった。
大好きな三食団子の味もわからなくなる程頭が真っ白になり、その後は記憶も曖昧なまま鬼殺隊本部へと駆け戻った。
そこで目の当たりにしたのは、魂が抜かれたような蛍の姿。
詳細を聞かずとも最悪が現実になったことを悟り、その場で膝から崩れ落ちた。
杏寿郎と蛍のより深い関係を知っている。
だからこそ誰よりも間近で杏寿郎の死を目の前にしたであろう蛍を思うと、呼吸すら上手くできなくなった。
どれ程の痛みだっただろうか。
どれ程の絶望だっただろうか。
そんな安易な言葉で片付けられない程のものが、蛍の心と体を引き裂いたはずだ。
もし自分が同じ立場だったなら。
蛍のように静かな抜け殻になるだけで済む自信はなかった。
この人の為に生きていこうと、想える感情を知っているから。
『…甘露寺』
上手く息が吸えない。呼吸が扱えない。
それでも泣き喚くことはできない。
それを一番せずにいられないはずの蛍が、ただ静かに心を殺している。
その事実が蜜璃の涙をせき止めた。
『甘露寺』
しのぶのように、優しく背を擦る手はない。
それでも静かに傍らにいてくれた彼は、ただ名を呼び続けてくれた。
蜜璃の心を、その場に呼び止めるかのように。
ただいつもと違ったのは、聞き慣れた柔さの残る心地良い声ではなかったことだ。
あまり感情を見せない彼の声は、乾き切った空気を食むのように掠れていた。
嗚咽を出し尽くして潰れた喉のように。
その事実が、蜜璃の行き場のない苦しみを和らげてくれた。
自分一人ではない。
同じ痛みを受けたであろう彼が、傍にいてくれることに。