第36章 鬼喰い
杏寿郎が鬼である蛍と想いを繋げることを、最初は反対していた。
それでも言葉を交わし、感情を吐露し、心を知り、最終的には納得した。
それが杏寿郎の選び取ったものならば、と。
大切な者の大切にしたい想いだからこそ尊重したのだ。
「蛍ちゃん…? ごめんなさいって、何が…」
「甘露寺」
尚も汲み取ろうとする蜜璃の姿勢を止めたのは、実弥だった。
言葉数少なく、顎で後方に立つ小芭内を示す。
蛍の言葉の意図は読めなくとも、それが誰に向けられているのかは一目瞭然だった。
揺らぐ緋色の目は、目の前の自分達を見ていない。
恐る恐ると振り返った蜜璃の瞳が、小芭内を映す。
彼女の視線を受けては流石に無視はできないと、包帯の下で音のない息を吐く。
「謝罪される身に覚えなどない」
なけなしの生気を零すような謝罪を、小芭内は受け入れるつもりはなかった。
十二畳一間の部屋。
それくらいの距離ならば、近寄らずとも蛍の様子は伺える。
不安定に揺らぐ瞳。
言葉も覚束ない声。
飢餓の兆候は無いであろうはずなのに、肌は不健康に青白く血の気を退いている。
何より、その歪な謝罪の姿勢が顕著な表れだ。
己を責め立てる蛍こそが、その死を許していない。
未だに根深く捕らわれ、息をするのも忘れる程の後悔と強迫に苛まれている。
他人に謝罪を向ける余裕など無い癖に。
蜜璃にむざむざと心配をかけさせる程に、手一杯の癖に。
(俺はお前なんぞにかける気遣いなどない)
自分は、健気な彼女とは違う。
わざわざ顔色を伺いに足を向けたりもしないし、常に明るく振る舞い空気を和らげもしないし、その手を熱心に握ることもしない。
目の前の鬼に下手な気を使うより、亡き義兄弟に行き場のない思いを抱える時間の方が大事だからだ。
気を抜けば膝を着きそうになる、この体を奮い立たせることが優先だからだ。