第36章 鬼喰い
大袈裟なまでに慌てる蜜璃に、実弥の勢いのない指摘が入る。
二人のやり取りに関与していない小芭内と蛍だけが、互いの視線を巡らせていた。
「…っ」
先に視線を逸らしたのは蛍だった。
耐え切れないように唇の端を噛み締めると、揺らぐ緋色が畳に逃げる。
「えっえっ蛍ちゃんっ? 本当に具合悪いのッ!?」
蜜璃の握り締める指に力がこもる。
体調不良の兆しだと見た蜜璃が更に慌てる為、実弥も何事かと蛍を伺った。
呼吸は張り詰めたように細い。
稀血を摂取した時は高揚したように肌を赤らめていたというのに、体内の血を全て抜かれたようにのっぺりと白い顔をしている。
滲む汗が影を落とす肌に浮き、伏せる瞳は焦点が合っていないように揺れている。
「オイ」
流石に異変は感じ取れた。
それも稀血の影響には思えない異変だ。
言うなれば、ぎりぎりまで張り詰めた体の芯が、悲鳴を上げる一歩手前のような。
「どうした。血が足りなかったのか」
飢餓による兆候か。
実弥が俯く蛍の前に足を向ければ、はくりと細い呼吸が空気を食んだ。
「…っ…ぃ…」
「あ?」
「っ…さ…い」
「蛍ちゃん…?」
震える気道が音を作る。
ぽそりと落ちる蛍の言葉を拾おうと、実弥と蜜璃が顔を近付けた。
「ご…め、なさ、い」
嗚咽を耐えて、音を生む。
それが謝罪の言葉だと理解した二人の顔が上がる──隙間。一人、静かに立ち尽くしこちらを見ていた小芭内だけが、驚くことなく無の表情(かお)をしていた。
ごめんなさいと、吐き気を催すような感情で吐露するその意味を、知っていた。
知ろうとせずとも理解できた。
『杏寿郎のことは、任せて下さい』
長期任務を受け、師である炎柱と共に鬼殺隊本部を去る間際に蛍から告げられた言葉だった。
せめて小芭内の目の届かないところでは自分が見ているからと。
蛍が杏寿郎と小芭内の幼少時代の繋がりを知っていたのかは、定かではない。
それでも意志固く区切りをつける蛍の思いに、最終的に小芭内も耳を傾けた。