第36章 鬼喰い
「それなら蛍ちゃんっ、また一緒にお風呂に入らない?」
「あ…でも、もうさっき入浴は済ませてしまって…」
「そうなのっ!? じゃあ…っじゃあ、また一緒に寝ましょう! お布団を並べてっ」
握った手を振りながら、鈴を転がすように蜜璃の声が弾んで誘う。
その勢いに吞まれながらも、蛍は抵抗をしなかった。
そんな二人の空気に入る気は微塵もないが、嫌悪するものには映らない。
ぽりぽりと頸を指先で掻きつつ、実弥も睨むことなく見守った。
その目が、不意に方向を変える。
声がかかるより先に、その気配に気付いた。
「甘露寺」
慌ただしい蜜璃とは真逆に、静かに藤の家の戸を潜っていたのだろう。男は、誰に主張することもなく廊下に立っていた。
「あっ伊黒さん!」
振り返る蜜璃の声が、一層弾む。
声色に合った笑顔を前に、眩しいものを見るように伊黒小芭内は僅かに目を細めた。
「すまない。遅れた」
「ううんっ伊黒さんは自分の任務の時間を割いてくれたんだもの。文は出せたのかしら」
「ああ。用事は済んだ」
肩に真っ白な蛇の鏑丸を乗せた、白黒の縦縞模様の羽織姿。
見慣れた蛇柱の出で立ちに、実弥は蜜璃の時と同様疑問を抱いた。
「なんだァ、お前までこっちに用事があったのか? 伊黒」
「甘露寺との合同任務の流れで、付き添ったまでだ」
「…本当かァ?」
「嘘などつく意味があるか」
何かと鬼殺隊本部では蛇柱と恋柱が共にいる姿は見かけたことがある。
その延長線上にも見える合同任務に思わず実弥の目が据われば、左右の異なる小芭内の目もまたじろりと返す。
「ほ、本当よ! 私が中々尻尾を掴めない鬼に手こずっていたら、伊黒さんが協力を申し出てくれて…っすっごく助かったの!」
「協力を申し出、ねェ」
「必要と判断しただけの結果だ」
「ハイハイ、そうだなァ。悪鬼を始末したんなら文句はねェわ」
蜜璃に甘いところもあるが、元々は克己的な性格の小芭内のこと。己の処理すべき任務も疎かにした訳ではないだろう。
ともすれば蜜璃より小芭内のことはよく知っている。
肩を竦めただけにとどめて、実弥はそれ以上言及をしなかった。